金融の最前線から防災へ。Laspy薮原拓人CEOが挑む、「備え」を仕組みに変える挑戦

株式会社Laspy代表取締役CEO 薮原 拓人氏

今回お話を伺ったのは、防災テック企業の株式会社Laspy 代表取締役CEOの薮原 拓人氏です。金融の世界を約15年歩んだ薮原氏が、なぜ「防災備蓄」という課題に挑むのか。

母から受け取った「人は人、うちはうち」という言葉と、そこから育った自分の物差し。

200社を超える投資家を回り、それでも信じ抜いた事業の手応え。

きれいごとではない、一人の経営者としての「本音」と「覚悟」に、同じく金融業界からキャリアを始めたスタートアップクラス代表の藤岡が迫ります。

薮原 拓人氏

代表取締役CEO
薮原 拓人氏

1983年、宮城県生まれ。大学卒業後、日興コーディアル証券(現・SMBC日興証券)へ入社。その後、三菱系証券会社の法人・企画部門にて企業の資金調達や資産証券化の専門性を深める。KDDIでは金融ホールディングスやiDeCo事業の立ち上げを牽引。金融の世界で約15年のキャリアを築いたのち、2021年に株式会社Laspyを創業。

株式会社Laspy

株式会社Laspy
https://laspy.net/

設立
2021年
社員数
11名

<事業内容>
私たちは、マンション・オフィスなど建物の共用部に防災備蓄を「設置・更新・管理まで丸ごと代行」するサブスクリプションサービス「あんしんストック」を運営しています。

防災備蓄の普及を阻む「買う手間・期限管理・廃棄」という三重の負担を、私たちが一括して引き受けるBPaaSモデル(SaaSによる管理システムと備蓄品現物のワンストップ提供)を採用。備蓄品の選定・保管・定期入れ替え・廃棄・フードバンクへの寄付まで、顧客企業・管理組合は一切の管理業務から解放されます。

<主な実績(2026年9月現在)>
・導入企業数:約160社
・備蓄管理人:6万人
・管理拠点数:2,000か所超
・契約更新率:約98%

母の言葉「人は人、うちはうち」が育んだブレない原点

藤岡(スタクラ):

まずは、薮原さんの生い立ちから伺えますか。

薮原さん(Laspy):

1983年に宮城県仙台市で生まれました。父は外資系企業で大型印刷機の営業をしており、いわゆる転勤族でした。そのため、幼い頃から東京や埼玉などを転々としながら育ちました。

そのせいか、どこかに根を下ろした感覚がまったくないんですよ。東京に来ると「帰ってきたな」と思うくらいで、ふるさとへの執着がない。自分では「流浪の民」のようなものだと思っています。

もう一つ、いまの性格に大きく影響しているのは、幼少期に東京へ来たとき、空気が合わずに喘息になってしまったことですね。外で友達と体を動かすより、習い事のピアノだったり、家での読書や思索のほうが好きな子どもでした。一人で考えたり、内省したりする時間が多くて、それが好きだったんです。

いま思うと、この過ごし方が後になって活きてきたのかなって思います。

創業してから一年ほど、ずっと一人で作業を続けた時期があったのですが、寂しいとはまったく感じることはなく、淡々とやるべきことをこなせたんです。この「一人でいることへの耐性」は、あの頃が原点なのかもしれません。

藤岡(スタクラ):

ご両親からの教えで、いまも軸になっている考え方はありますか。

薮原さん(Laspy):

母がよく言っていた「人は人、うちはうち」という言葉ですね。「周りに流されるな」「お前はどうなんだ」と言われて育ちました。

その影響なのか、昔から流行を追わない子どもでした。中学の頃、周りがSPEEDやL'Arc-en-Cielを聴いていたときに、自分はB'zやWANDSをひたすら聴いていました。高校でも、流行りの歌手ではなくビートルズを聴いていました。

流行っているかどうかではなく、「自分が本当に好きか、興味があるか」だけが行動の軸になっていました。変わり者だと思われていたでしょうが、気にしていませんでした。

藤岡(スタクラ):

その気質は学生時代や会社員時代にも出ていましたか。

薮原さん(Laspy):

はっきり出ていましたね。大学は体育会のアーチェリー部だったのですが、OBの方が顔を出すと、みんなはうまく立ち回れるわけです。ところが自分はそれがどうにもできない。納得していないことはそのまま顔に出てしまうんですよ。「それは違うだろう」と思ったら素直に従えなかったです。

会社員になってからも同じで、成果はちゃんと出すし、作業もそれなりに速かったと思います。ただ、上の人に合わせて自分を変えるということはしなかったので、扱いやすい部下ではなかったと思います。

実は今の社内には前職が一緒だったりして、サラリーマン時代の僕をよく知っている人間が多いんですよ。今月、新しく入社したメンバーの歓迎会があったのですが、その席で彼らから「薮原さん、昔よりだいぶ丸くなりましたね」なんてさんざんいじられました。起業していろいろな人に支えられる中で、少しは大人になれたのかもしれません。

金融業界で15年。商品設計から事業の立ち上げまで

藤岡(スタクラ):

最初のキャリアに証券会社を選んだのはなぜだったのですか。

薮原さん(Laspy):

当時は小泉政権で景気が良く、部活のOBのように「証券会社に入って、セールスでバリバリ稼ごう」みたいな感じで入社しました。自分の頑張りが直接評価される、実力主義の世界に行きたいなと。

ところが1年目にサブプライムショックが起き、相場は低迷してまともなボーナスが出ない状況でした。営業をやったのは最初の1年だけで、すぐに本社へ戻り、そこからは企画や商品開発などをやっていました。ただ、相場が悪い時期に裏方の業務に腰を据えて取り組めたのは、結果的に良かったと思っています。

藤岡(スタクラ):

そこから三菱系の証券会社へ環境を変えられたのは、どんな思いからだったのでしょうか。

薮原さん(Laspy):

安倍政権になって株価が回復してきた頃、「もっと事業が動くダイナミズムを感じたい」と、三菱系の法人部門へ転職しました。そこでは企画業務などを担当し、専門性の高い金融の仕組み(ストラクチャード・ファイナンスなど)を学ぶことができました。

その後、その知見を活かしてKDDIの金融部門へ移りました。当時はKDDI本体から金融事業を独立させ、ホールディングスを設立するタイミングだったのです。私は金融の実務がわかる人間として、その立ち上げやiDeCo事業の構築に関わりました。

このように転職を重ねましたが、「金融」という一つの軸のなかで、商品設計から事業の立ち上げ、会社としての管理体制づくりまで幅広く経験させてもらいました。この裏方としての実務をやりきった15年が、いまの経営にそのまま効いているように感じます。

藤岡(スタクラ):

その頃、起業のアイデアはありましたか。

薮原さん(Laspy):

いや、これっぽっちもありませんでした。金融はどこへ行っても通用する仕事ですし、この業界でアセットマネジメントなどの専門性を高めながら、キャリアを伸ばしていくのだろうと考えていました。

ただ、一つの会社にしがみつく気はなかったので、日頃から他社の選考を受けて「自分の市場価値」を確かめるようなことをしていました。実はこの行動が、後になって起業に踏み切る際の手応えに繋がっていきます。

「買い占め」から起業へ。立ちはだかる壁を突破するまで

起業のきっかけについて語る薮原拓人氏
藤岡(スタクラ):

では、何が起業のきっかけになったのですか。

薮原さん(Laspy):

2020年のコロナ禍での緊急事態宣言です。

いきなり会社がリモートワークになり、学校が休校になる。密を避けるためにスーパーでも入場制限がかかる。そうなると、みんな不安になって買い占めに走るわけです。マスクや消毒液だけでなく、トイレットペーパーまで売り切れて買えなくなる。

みんな「自分の家族を守る」ために必死なのですが、その結果、隣で困っている人がいても手が回らなくなってしまう。ニュースで「慌てないでください」と言えば言うほどパニックは加速していく。人間の「性善説」や「心・教育」だけに頼っていては、災害大国のこの国では、何度でも同じことを繰り返してしまうと痛感したんです。防災は、個人の意識ではなく仕組みとして解決しなければいけない、と。

藤岡(スタクラ):

起業に踏み切る際、悲壮感や怖さのようなものはなかったのですか?

薮原さん(Laspy):

悲壮感はまったくなかったですね。日頃から自分の市場価値を確かめていたので、失敗しても、元いた金融業界ならどこにでも戻れるという自信がありました。

プレシードでVCから出資してもらえることも決まり、妻に起業したいと話したら、「全然いいよ。ダメだったら戻ればいいもんね」と背中を押してくれて。おかげで、迷いなくスタートを切ることができました。

藤岡(スタクラ):

安定した会社員の立場を手放すことに抵抗はなかったのですね。

薮原さん(Laspy):

振り返ると、一番勇気が必要だったのは「最初の転職」のときでした。でも、一度会社を変えてみると感覚が変わるのですよ。

同じ会社にいても、人事異動で強制的にまったく違う仕事に就かされることはありますよね。それなら、自分でやりたい仕事を選べる転職や起業のほうが、恐怖なんてなくて「楽しみ」しかない。自分で自分の行く道を選定できている感覚があって、むしろ嬉しかったですね。

藤岡(スタクラ):

迷いがなく、とても前向きなスタートを切られたわけですね。とはいえ、2021年の創業からは、やはり現実の壁にぶつかることも多かったのでしょうか?

薮原さん(Laspy):

壁だらけでしたね。特に大きかったのは、「プロダクトが売れないこと」と「資金繰り」です。本当に2024年の年末くらいまではずっと壁にぶつかり続けていました。

初期プロダクトができても、全く売れなかったのです。「誰に、どう売るか」の仮説を外しまくり、資金がどんどん溶けていきました。

組織づくりに関しては、当時は明確な採用基準がなく、どんな人を採用すべきかが言語化できていませんでした。その結果ミスマッチが起きてしまい、人が定着せず離れていく時期もありました。

いま振り返れば、すべて経営者としての私の準備不足です。だからこそ、いまは「どういう人と、どう働くか」を言葉にすることに一番時間をかけています。

藤岡(スタクラ):

資金が減っていく中で、売上も立たず組織づくりにも悩む。辞めたいとは思わなかったのでしょうか。

薮原さん(Laspy):

辞めたいと立ち止まる余裕も、落ち込む暇もなかったですね。もちろん、個人の資金もすべて会社につぎ込んでいたので恐怖は大きく、プレッシャーで夜眠れない時期もありました。

でも、マシーンのように「うまくいかない。じゃあ次はどうする?」とひたすら自問自答を繰り返していたんです。

心が折れなかったのは、確かな手応えがあったからです。売上がなくてもお客様と話すたびに事業の解像度が上がり、「この霧の先には絶対ブレイクスルーがある」と信じられました。

それに、約200社に断られる中で「このプロダクトは絶対必要だ」と支え続けてくれた初期投資家の存在も大きかったですね。

藤岡(スタクラ):

売れない状況から、どうやって突破口を開いたんですか?

薮原さん(Laspy):

お客様に理由を聞くと、「内容はいいが、既存の備蓄予算のちょうど2倍だ」と言われました。当時は問屋などを経由して仕入れていたため、中間コストが乗っていたんですね。

これをなくすしかないと模索していた矢先、自治体向けにしか製造していないメーカーとのご縁が舞い込みました。そこで直接提携して自社ブランドを立ち上げ、仕入れ原価を半分にすることができたんです。

藤岡(スタクラ):

原価が半分に…! それは世界が変わりますね。

薮原さん(Laspy):

本当に世界が変わりました。これでようやく「従来の予算のまま切り替えられて、管理の手間はゼロになる」というスキームが完成したんです。

そこから2024年の終わりにかけて、超大手企業への導入が決まり始めました。大手が入れてくださると、「あそこが導入しているならうちも」と、同業他社の検討が一気に早くなるんです。連鎖が起き、潮目が大きく変わりました。

創業からずっと売上が立たずに耐え抜いてきましたが、2025年は前年比で4倍に伸び、保守的に見ても倍々ゲームで成長できる軌道に乗りました。信じて走り抜いて、ようやくブレイクスルーを起こせた感覚ですね。

気合から仕組みに。IPOという目標をともに引き寄せる仲間へ

組織づくりについて語り合う薮原拓人氏と藤岡
藤岡(スタクラ):

現在の組織体制や、普段の働き方について教えてください。

薮原さん(Laspy):

現在は業務委託を含めて11名の体制です。まだ少数精鋭のフェーズなので、厳密な役割の線引きはせずに全員が複数の機能を掛け持ちしながらスピード感を持って動いています。

特に意識しているのは、意思決定の速度と透明性です。テキストのやり取りだけに頼らず、毎日全員で「夕会」を開き、一日一回は必ず顔を合わせるようにしています。

その日の疑問や課題はその日のうちに解消し、即断即決を徹底する。ある方から「毎日夕会をやる会社なんて珍しい」と言われて驚いたのですが、意思決定を停滞させないための大切なカルチャーですね。

藤岡(スタクラ):

実は今回の採用が初めての公募採用になると伺いました。

薮原さん(Laspy):

はい。これまでは100%リファラルだけで集まった仲間でした。

ですが、ここから1〜2年で数十名規模へと拡大していくフェーズに入ります。だからこそ、初めて外部に向けてポジションを開き、新しい風を迎え入れることにしました。

目指すのは、「筋肉質で、高還元な組織」です。オフィスなど余計な固定費には投資せず、会社の利益を愚直に働く仲間へ給与として還元する。独自の高収益構造があるからこそ、高い還元率で社員に報いる組織にしたいと考えています。

同時に、AIを日常業務へ徹底的に浸透させ、自律的に高速で成果を出せるチームを作っていきたいです。

藤岡(スタクラ):

5年後に向けた目標と、そのために越えるべき課題は何でしょうか。

薮原さん(Laspy):

創業当初から掲げている「2029年頃までのIPO」を実現することです。

目標達成に向けては、これまで「気合と根性」で数字を作ってきたフェーズからの脱却が必要です。誰がやっても成果が出る仕組みを作ること、そして上場企業に相応しい社内ルールやガバナンスを整えること。

事務手続きが増えて厳しく感じられるかもしれませんが、これは社会から正しく信頼される守りの強化です。気合で乗り越えるフェーズを脱し、なぜこの仕組み化が必要なのか、全員で共通認識を持って進めていきたいですね。

藤岡(スタクラ):

最後に、この記事を通じてLaspyに興味を持ってくれた方へメッセージをお願いします。

薮原さん(Laspy):

私たちはいま、事業コンセプトを「防災備蓄」から、企業の「物理資産管理(フィジカル・アセット)」へと進化させています。企業の物としての資産を丸ごとお預かりし、管理する。そう捉え直すことで、対象は防災だけでなく、ヘルスケアや企業のバックオフィス領域、さらには社会の安心を支えるインフラ全体へと広がっていきます。

スタートアップとしての強い目的意識を持ち、会社とともに自分自身を大きく成長させたい方。そして、未完成な組織を「仕組み」として形作っていくプロセスを楽しめる方。ぜひ、IPOという高みを一緒に目指してくれる仲間からのご連絡を心よりお待ちしています。

株式会社Laspy 代表取締役CEO 薮原拓人氏

編集後記

対談を間近で聞いて驚いたのは、薮原さんが「200社に断られた」話も「個人資金を溶かした」話も、まるで昨日の天気の話のように淡々と語ることでした。悲壮感はまったくなく、むしろ楽しそうにすら見えたほどです。

見た目はとても柔らかい印象なのに、話すほどに、どこかブレない芯のようなものが見えてきました。自分を大きく見せることも、飾ることもしない。薮原さんの人間性が垣間見られました。

防災備蓄から物理資産管理へと事業を広げ、IPOという次の勝負に挑む株式会社Laspy。

この挑戦を面白いと感じた方は、ぜひ一度応募してみてください!

株式会社Laspy

株式会社Laspy
https://laspy.net/

設立
2021年
社員数
11名

<事業内容>
私たちは、マンション・オフィスなど建物の共用部に防災備蓄を「設置・更新・管理まで丸ごと代行」するサブスクリプションサービス「あんしんストック」を運営しています。

防災備蓄の普及を阻む「買う手間・期限管理・廃棄」という三重の負担を、私たちが一括して引き受けるBPaaSモデル(SaaSによる管理システムと備蓄品現物のワンストップ提供)を採用。備蓄品の選定・保管・定期入れ替え・廃棄・フードバンクへの寄付まで、顧客企業・管理組合は一切の管理業務から解放されます。

<主な実績(2026年9月現在)>
・導入企業数:約160社
・備蓄管理人:6万人
・管理拠点数:2,000か所超
・契約更新率:約98%

この記事を書いた人

スタクラ編集部

スタクラ編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」スタクラの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。