誰も「脱炭素」を意識しない世界をつくる。倒産を経験したBioPhenolics 代表取締役社長 貫井氏の100年規模の挑戦

BioPhenolics株式会社代表取締役社長 貫井 憲之氏

今回お話を伺ったのは、筑波大学発のディープテック企業、BioPhenolics株式会社 代表取締役社長の貫井憲之氏です。

植物から化学品をつくるバイオものづくり。世界中で研究開発が進む一方、工場での商業生産へたどり着くハードルは極めて高い領域です。貫井氏は過去、勤務していたバイオ系スタートアップの倒産という厳しい現実を経験しました。

時給1000円で行った研究成果の処分作業、40歳での転職活動における35連敗。スタートアップのリアルを知る彼が挑むのは、難易度の高い「自ら工場を建てる」モデルでした。

リスクを負って工場建設にこだわる理由、環境意識ではなく「安さと大量生産」から逆算する真意、そして倒産経験者として語る「個人の市場価値を高める組織思想」。

なぜ彼は再びリスクの渦中に飛び込み、100年先の未来を変えようとするのか。その真意と覚悟を伺いました。

貫井 憲之氏

代表取締役社長
貫井 憲之氏

専門は農学・発酵工学。東北大学大学院農学研究科博士課程修了/博士(農学)。大学での博士研究員を経て、2007年より株式会社ジナリスにてパイロットプラントの建設および海外技術移転プロジェクトを牽引。その後、大手食品・化学メーカーMCフードスペシャリティーズ(現・三菱商事ライフサイエンス)、日立化成(現・レゾナック)にてバイオプロセスの量産最適化開発や事業立ち上げ・マネジメントを歴任。2023年、筑波大学発スタートアップとしてBioPhenolics株式会社を創業。バイオ技術・有機化学・化学工学を一気通貫で統合し、化石資源に頼らない化学品生産の社会実装を推進している。

BioPhenolics株式会社

BioPhenolics株式会社
https://www.bio-phenolics.com/ja

設立
2023年
社員数
10人以下

<ビジョン>
❚ 石油に頼らないバイオものづくりの実現を目指しています。
​循環型資源であるバイオマスを原料にして、改良型微生物(スマートセル)を用いた発酵法により、
持続的な化学品の生産と大気中のCO2削減の両立する技術を開発しています。
<事業内容>
BioPhenolics(バイオフェノリクス)は、2023年に創業した筑波大発スタートアップです。
筑波大学生命環境系高谷直樹教授の20年以上の研究成果と代表貫井のバイオものづくりの経験を掛け合わせて、
真に経済性のあるバイオ化学品製品を社会実装するために立ち上げたスタートアップです。

合成生物学的な手法を用いたバイオ化学品を生産するスマートセルの開発のみならず、
発酵プロセスの開発…

意識だけでは変わらない。安さと量から逆算する脱炭素の社会実装

スタクラ:

まず、BioPhenolicsがつくっているものを教えてください。

貫井憲之:

芳香族という化学品です。名前のとおり香りに関わるもので、バニラの香りであるバニリンが代表的ですが、用途はそれだけではありません。プラスチックの原料でもあるし、医薬品の原料でもある。便利な現代生活を支えている基盤のひとつです。

いまはこれを、石油や天然ガスからつくっています。私たちがやろうとしていることは、その原料を植物に変えること。石油化学産業からバイオ化学産業へ、新しい産業を立ち上げるという規模感の挑戦です。

スタクラ:

脱炭素や環境配慮の製品はコストが高くなり普及しにくいイメージもありますが、どう社会に広げていくのでしょうか。

貫井憲之:

そこには、はっきりした考えがあります。そもそも化学品がこれだけ普及しているのは、安いからなんですよ。ここが出発点です。

世の中には「意識の高い人が、環境に配慮した製品を使う」という話がありますよね。でも私が目指すのは、そうじゃない。意識の高い人がお金を払って無理やり使っている状態ではなくて、一般の人が、何も考えずに使っている状態です。

ベトナムの屋台のおっちゃんが使っているプラスチックがバイオ由来になっていて、何も考えずに脱炭素できている。それが私の考えです。

スタクラ:

意識して買ってもらうのではなく、無意識に使われている状態を作るわけですね。

貫井憲之:

そうです。実際に生分解性ストローなども出てきていますが、あれは高いんですよ。価格帯の高いお店だから取り入れられるし、それを使えるのは先進国の人たちです。世界人口のトップ10パーセントくらいに向けた話なのですよ。

でも本当の意味で社会が変わるには残りの90パーセント、いわゆる「ボトム・オブ・ザ・ピラミッド」と呼ばれる人たちにまで普及して初めて成立します。「脱炭素だから」と意識を高く持って使うのは一部の人の話であって、本来はそうした意識を持たない人たちにまで広がらなければ意味がない。空気は地球全体でつながっているのですから。

グローバルサウス(新興国や発展途上国)の人たちも含めて、世界中の消費者が普通に使える状態にして、初めて目的が達成されます。だから私たちは「安く、大量につくる」ことに徹底的にこだわっています。

スタクラ:

その「安く、大量に」を実現するために、自社で工場(設備)を持つというモデルを選択されたのですか。

貫井憲之:

そうです。すべて逆算なのですよ。

脱炭素を本気で進めるなら、大量のCO₂を化学品に転換して化石資源の使用を抑える必要がある。そのためには「量」が要る。量を出すには「安さ」が必要。安くするには確かな「研究開発」と「巨大な設備」が必須になり、それを動かす「資本」と「チーム」が必要になる。

この順番で思考を突き詰めていくと、どうしても「自ら工場を持つ」という結論に行き着くのです。

スタクラ:

工場を持たないという身軽な選択肢もあったのではないでしょうか。

貫井憲之:

もちろんありますし、経営としてはそのほうが圧倒的に楽です。

ただ、それだけでは事業として完結しないと考えています。目的の化合物をつくる「スマートセル(改良型微生物)」をデザインする技術自体は、日本が得意とする領域ですし、ラボレベルならつくること自体は可能です。しかし、微生物をデザインする技術だけを切り出しても、実際に安く大量につくれる形まで落とし込まなければ、化学品として世の中に出ていくことはありません。

本当の課題はその先にあります。微生物が生産した化学品を培養液から取り出す「精製」、それらを連携していく「プロセス最適化」、そして実験室のフラスコ規模から大型工場のタンクへ落とし込む「スケールアップ」。バイオ技術、有機化学、そして化学工学のすべてがシームレスにつながっていないと、現場の工場は絶対に動きません。

スタクラ:

ラボでできたものが工場でできるとは限らないということですか。

貫井憲之:

というより発想の順番が逆なのです。「工場で使えない技術は、最初からラボで開発してはいけない」。私はそう考えています。

誰も「脱炭素」を意識しない世界をつくる。倒産を経験したBioPhenolics 代表取締役社長 貫井氏の100年規模の挑戦

波乱のキャリアと「工場で使える技術」の原点

スタクラ:

バイオの道に進まれたきっかけと、キャリアのスタートについて伺えますか。

貫井憲之:

直接のきっかけは、高校生の頃に見た映画『ゴジラvsビオランテ』です。劇中の研究者を見て純粋に「かっこいいな」と思ったのが始まりでした。

そこから大学で農学を学び、大学院の博士課程まで残ったのも、就職氷河期の中で景気回復を待つ時間稼ぎという側面がありました。

修了後も大学で研究員を続けていたのですが、31歳の時に恩師の紹介でバイオスタートアップに入社したのです。当時は明確なキャリアデザインがあったわけではなく、「働く場所を探していたから入った」というのが本音ですね。

スタクラ:

そこからどのような経緯で現場に関わり、工場で使える技術という思想に至ったのでしょうか。

貫井憲之:

大きな転機は2012年です。総額5億円規模の発酵生産工場を建てる経産省プロジェクトに採択され、私が担当になりました。社内にプラント構築の経験者がいない中、手探りで国内工場建設の目処を立てたところ、海外への技術移転の話が持ち上がり、ベトナムへの赴任が決まったのです。

当初半年だった予定は3年に延び、通信環境も不安定でエアコンもない現場でした。言葉の通じない現地スタッフと意思疎通を図り、現場に泊まり込んで3時間おきのサンプリングと分析を繰り返す日々でした。日本側の技術代表者として、現場への意見を述べるとドクター貫井の言うことなんだから、という受け入れられ方をしました。

ここで初めて「自分は博士(ドクター)なんだ」という自覚が芽生えました。この3年間で、「工場で使えない技術はラボで開発してはいけない」という感覚が身体に叩き込まれましたね。

スタクラ:

そうして現場での経験を経て帰国された後は、どのような道を進まれたのでしょうか。

貫井憲之:

試作品の評価も進み、いよいよこれからという2016年7月、会社が突然破産申請をしたと告げられ、管財人の監督下に置かれました。知財の一部は大手企業に買収されましたが人材は引き取られず、全員即日解雇です。私は時給1000円で1ヶ月間、自分たちの研究成果を処分するクローズ作業を行いました。

その後の転職活動も過酷でした。当時は「転職35歳限界説」もあり、40歳・バイオ専門での就活は35連敗。お金もないので、単価あたりのカロリーが高いほうのパンを選んで買い、TOEICの問題集を解いて時間を潰していました。ですが、36社目に受けたMCフードスペシャリティーズ(現・三菱商事ライフサイエンス)で、ベトナムでの3年間の泥臭いスケールアップ経験が高く評価され、採用が決まったのです。一番苦しかった経験が、次の道を開いてくれました。

スタクラ:

その後、大手化学メーカーでのキャリアを経て起業を決意された理由と、創業までの経緯を教えてください。

貫井憲之:

当時は日立化成でマネジメントに就いていましたが、「管理職として給料は上がっても、自分が持つ技術を現場で活かしきれていない」という感覚がありました。

一番の決め手になったのは、当時小さかった子どもたちの存在です。子どもたちが生きる未来は、間違いなく地球温暖化という課題に直面します。親として教育費を稼ぐことは大企業にいれば果たせますが、「環境を変える力」を自分が持っているなら、リスクを取ってでも社会に実装し、未来の環境を守る道を選ぶべきだと考えたんです。自分の技術で世界を変えられるなら、チャレンジングな道を選ぶほうが自然だなと思いました。

2022年1月に前職を退職し、筑波大学の起業支援プログラムに参画して客員研究員として籍を置きました。大学の先生方と議論を重ね、技術の評価や事業計画の精査に1年間を費やし、2023年2月にBioPhenolics株式会社を創業しました。家賃2万5000円のアパート、役員報酬月10万円というスタートでしたが、迷いはありませんでした。

資金調達と採用。現場で直面した2つの壁と突破のリアリズム

スタクラ:

創業されてから約3年半、事業を進めるうえでどのような「壁」に直面してきましたか。

貫井憲之:

大きな壁は2つありました。資金調達と、人の採用です。

まず資金調達ですが、私たちは「工場を建てて自ら化学品をつくる」というハードウェア・ディープテックのモデルです。装置の納期だけで14ヶ月以上かかるため、事業を動かすには数千万円レベルではなく億単位の資金が絶対に必要になります。ですが、海外でもバイオスタートアップの工場モデルの失敗事例が多く、投資家のみなさんに事業の妥当性を説明し、納得していただくのは非常に困難でした。

最初は「3000万円程度で進めるか」という空気にもなりかけましたが、妥協せず現場のリアリティを突き詰めて説明し続けました。その結果、私たちの志と「自ら工場を持つ」というモデルの必然性に共鳴してくれたANRI(ANRI GREEN)さんが出資を決めてくださり、シードラウンドで1.5億円の調達を勝ち取ることができました。

スタクラ:

現場の現実的な条件を譲らず、泥臭く説明し切ったことで突破口が開いたのですね。では、もうひとつの「採用の壁」はどのように乗り越えたのでしょうか。

貫井憲之:

採用の壁はさらに高かったですね。つくばという立地やスタートアップとしての提示年収の限界もありましたが、何より難しいのは「まだ売り物がないフェーズで事業を作れる人材」を見つけることです。

過去には、有名企業の出身者を採用したものの「売り物がない環境」で手が止まってしまい、成果が出ずに撤退せざるを得ないという苦いミスマッチも経験しました。経営者として人を探し続け、オンライン・対面含めて80人くらいの方とお会いしました。

スタクラ:

80人ですか。

貫井憲之:

はい。条件だけをすり合わせる採用はやめ、「世界を変えるでかい仕事をする」という大きな旗をブレずに掲げ続けました。

そうした発信を愚直に続けていたところ、コンサル出身で工場建設(EPC)の知見を持つ稲葉(現COO)が、自らスタクラ経由で応募してきてくれたんです。彼は大手や他社からのオファーもある中で、「工場を建てる現場で、一番自分の経験が活きる」とBioPhenolicsを選んでくれました。綺麗な条件提示ではなく、「大きな挑戦の旗」を掲げ続けたことこそが、壁を破る一番の鍵でした。

スタクラ:

そうした壁を自ら乗り越えてきたからこそ、貫井さんが組織づくりや人材育成において大切にされている考え方はありますか。

貫井憲之:

前提として「スタートアップには潰れるリスクがある」というリアルを隠さずにメンバーに伝えることです。私自身が倒産を経験していますから、「うちに来れば絶対に安心だ」とは言えません。

だからこそ、会社として果たすべき責任は「うちで働くことで、その人の市場価値を徹底的に上げること」だと考えています。

うちでは、研究者であってもラボに閉じこもるのではなく、精製プロセスや工場の製造、顧客対応まで領域を横断して経験してもらいます。「点」だった専門性を「線」にし、「面」として扱える人材へと育てる。大企業なら10年かかる経験を3年で凝縮して積んでもらいます。個人の市場価値が高まれば結果として会社も強くなり、破綻しない組織になる。それが私の考える組織思想です。

誰も「脱炭素」を意識しない世界をつくる。倒産を経験したBioPhenolics 代表取締役社長 貫井氏の100年規模の挑戦
(写真左から)COOの稲葉氏と貫井氏

小規模工場から巨大プラントへ。100年先の人類基盤に挑むロードマップ

スタクラ:

そうした壁に一つひとつ向き合い、挑み続ける中で、BioPhenolicsは5年後・10年後に向けてどのような未来を描いているのでしょうか。

貫井憲之:

まずは2030年前後を目標に自社で小さな工場を稼働させ、自立したメーカーとしてモノをつくっているフェーズに入ります。そして、そこから順次設備を巨大化させていく計画です。

私たちが目指す脱炭素やカーボンニュートラルは、大きな工場を建てて大量のCO₂を化学品に転換しなければ絶対に実現できません。だからこそ、私たちは小さな工場にとどまらず、ビッグプラントへとスケールアップしていきます。私たちが挑んでいるのは、10年、50年、100年単位の人類生存の基盤に関わるテーマです。世の中を「便利にする」サービスも素晴らしいですが、地球温暖化が進む未来において子どもたちの世代に環境を残すという、これ以上ない社会的意義のある仕事だと思っています。

スタクラ:

まさにメーカーとして世界を変えていくロードマップですね。その未来を実現するために、今何が必要なのでしょうか。

貫井憲之:

設備というハード面はもちろんですが、最大の課題はそれを動かす「チームとオペレーション体制」です。

巨大な工場を動かしてカーボンニュートラルを実現するには、技術を牽引する高谷先生だけでなく、事業全体を推進する経営陣や、現場のプラントを回すオペレーション責任者が不可欠です。実は、日本のバイオものづくりには、リタイアされた先人たちが培ってきた素晴らしい技術やノウハウがたくさん眠っています。そうした日本発の技術を受け継ぎ、巨大なプラントとして社会に実装していくチームをつくり上げること。それが、これから私たちが実現していく未来です。

社員の市場価値を高める組織思想と次世代へのバトン

スタクラ:

その巨大なテーマに挑むうえで、具体的にどのような人物像・マインドを持った方と一緒に働きたいですか。

貫井憲之:

一言で言えば、「自分の領域を越えて、自ら成長(セルフグロース)できる人」です。

うちでは、研究者だからといってラボに閉じこもる必要はありません。精製やプロセスの最適化、さらにはビジネスや顧客対応まで、領域を横断して挑戦できます。自分の専門性という「点」を「線」にし、やがて「面」として扱える領域横断人材を目指してほしいのです。

大企業なら10年かかるような高密度の経験が、スタートアップなら3年で積めます。1年ごとに会社や事業の局面が変わっていくめまぐるしさを面白がり、自分自身の市場価値を上げていきたいという欲のある人には、最高の環境だと思います。

スタクラ:

まさに、次の時代を担う人材を求めているのですね。

貫井憲之:

はい。100年続くような事業ですから、私1人の力で最後まで走り切ることは不可能です。どこかのタイミングで、必ず次の世代へ事業を渡さなければいけないと考えています。

なので、いま求めているのは、10年後にBioPhenolicsの経営や現場を引っ張っていくような、次の世代のリーダー候補です。

スタクラ:

最後に、この記事を読んでいる求職者の方々へメッセージをお願いします。

貫井憲之:

BioPhenolicsという会社、そして私たちが掲げる「脱炭素の社会実装」という挑戦に少しでも心が動いたなら、ぜひ飛び込んできてほしいです。

スタートアップですから楽な道ではありませんが、自分よりも遥かに大きく、長く続く社会課題に直接挑む手応えは、ここでしか味わえません。次の時代をつくる仲間として、一緒に世界を変えていきましょう。

誰も「脱炭素」を意識しない世界をつくる。倒産を経験したBioPhenolics 代表取締役社長 貫井氏の100年規模の挑戦
ラボから工業化へ、実証第一歩のベンチスケール設備となる90L発酵槽

編集後記

「スタートアップには潰れるリスクもある。『絶対安全だ』とは言えない」という貫井さんの言葉には、経営者としての徹底した誠意が伝わります。事業の魅力や可能性だけでなく、直面する現実の厳しさまで包み隠さず語る姿勢がとても印象的でした。

その背景には、かつて自ら会社の倒産を経験し、どん底を味わったキャリアがあります。スタートアップの現実を知り尽くしているからこそ、「会社が果たすべき本当の責任は、ここで働く人の市場価値を徹底的に上げることだ」と言い切る貫井さん。研究者であっても領域を横断して経験を積ませ、どこでも通用する人材へ育てる。その育成思想には、社員のキャリアに対する深い責任感と覚悟を感じました。

自らの挫折経験すら力に変え、真摯に仲間と向き合う貫井さんのもとで、100年先の未来に挑む。自分の市場価値を飛躍的に引き上げ、世界を変える挑戦に飛び込んでみたい方は、ぜひBioPhenolicsの門を叩いてみてください。

BioPhenolics株式会社

BioPhenolics株式会社
https://www.bio-phenolics.com/ja

設立
2023年
社員数
10人以下

<ビジョン>
❚ 石油に頼らないバイオものづくりの実現を目指しています。
​循環型資源であるバイオマスを原料にして、改良型微生物(スマートセル)を用いた発酵法により、
持続的な化学品の生産と大気中のCO2削減の両立する技術を開発しています。
<事業内容>
BioPhenolics(バイオフェノリクス)は、2023年に創業した筑波大発スタートアップです。
筑波大学生命環境系高谷直樹教授の20年以上の研究成果と代表貫井のバイオものづくりの経験を掛け合わせて、
真に経済性のあるバイオ化学品製品を社会実装するために立ち上げたスタートアップです。

合成生物学的な手法を用いたバイオ化学品を生産するスマートセルの開発のみならず、
発酵プロセスの開発…

この記事を書いた人

スタクラ編集部

スタクラ編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」スタクラの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。