大手メーカーでの製品開発や基礎研究を経て、「本当の意味での基礎と社会実装の接点」を求めアカデミアへ転身した福井県立大学の日竎(ひび)隆雄教授。彼がいま挑むのは、越前そばから発見した独自の植物性乳酸菌「FHC3株」を使い、日本初の“健康機能を備えたナチュラルチーズ”を社会へと届けるイノベーションです。特許技術によって「生きた乳酸菌」をそのまま腸へと届け、睡眠の質の向上や体脂肪の燃焼促進を同時に実現する。サプリや薬に頼らず「毎日の美味しい一食」で世界中の健康美を高めるという、日竎教授の熱いビジョンと挑戦の物語に迫ります。
生物資源学部 生物資源学科 教授(農学博士)
日竎 隆雄氏
京都大学大学院農学研究科博士課程修了後、花王(株)食品研究所にて新規事業や製品開発に従事。1995年より福井県立大学に着任し現職。専門分野は応用生化学、酵素工学、タンパク質科学。独自に単離した越前そば由来の植物性乳酸菌「FHC3株」を用いた高機能ナチュラルチーズ『越ノ白雪』の開発と事業化を推進中。
福井県立大学
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基礎と実装の接点を求めて――「健康長寿の地・福井」で始まったチーズ開発
企業での研究開発からアカデミアへと移られた経緯について教えてください。
大学院で博士号を取った後、基礎研究と社会実装の両方に関わりたいという想いから、当時は基礎研究に一番力を入れていた花王に入社しました。そこで「新しいことがしたい」と伝えたところ、配属されたのは出来たばかりの食品研究所。そこで生クリームなどの商品開発に携わったのですが、現場での開発が進むにつれ、「本質的な基礎研究には時間が足りない」というもどかしさも抱くようになりました。
そんな時、大学時代の恩師から声をかけていただいたんです。ここで変わらなければ一生変われないと腹をくくり、福井県立大学へ着任しました。長く居るつもりはないと思って飛び込んだ世界でしたが、研究の面白さと奥深さにどんどん引き込まれて、気がつけば夢中で30年走り続けていましたね。
専門の「酵素研究」から、なぜ「チーズ」という意外なターゲットにたどり着いたのですか?
食品用のタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の研究を始めたばかりの頃、その応用先の一つとしてチーズ作りに興味を持ったのがすべての始まりです。
そこからチーズの歴史や文化を調べていくうちに、欧米の製法をそのまま真似るのではなく「日本の風土に合った乳酸菌発酵のチーズこそが日本人に合うはずだ」と考えるようになりました。福井県は長寿の県としても知られています。地域に根付いた発酵文化や乳酸菌が県民の健康長寿につながっているのなら、それをチーズ作りに活かせないかと思い立ち、研究をスタートしたのです。
地元の福井県産食材に用いられた200種類以上の植物性乳酸菌をスクリーニングする中で、福井在来種のそばから、苦味を出さずに抜群の旨味と機能性を生み出す「FHC3株」という奇跡的な菌に出会いました。試作を重ねてチーズがどんどん美味しくなっていくたびに、周囲の方々も面白がって関心を持ってくれるようになり、気づけば夢中になってやめられなくなって今に至る…というわけです。
乳酸菌が生きて腸に届く!日本初の機能性ナチュラルチーズ
開発された「機能性ナチュラルチーズ」の特徴について教えてください。
一般的なヨーグルトなどのプロバイオティクス食品は、出荷されてからの時間経過とともに菌が死んでしまったり、胃酸や胆汁酸にさらされて腸に届く前に死滅してしまうという課題があります。とくに既存のチーズは熟成・乾燥の過程で、菌の数が10万分の1程度まで減ってしまうため、「生きた菌による健康効果」を届けるチーズの実用化は不可能とされていました。
私たちの技術(製法特許出願ずみ)は、越前そば由来のタフな植物性乳酸菌「FHC3株」と独自の離水・温度制御技術と熟成方法を組み合わせることで、「半年間熟成させても、10gあたり1億個以上の生きた乳酸菌の活力をたもつ」ことに世界で初めて成功しました。
【従来技術との違い】
■ 既存のナチュラルチーズ
・課題:熟成期間中に乳酸菌が急減(10万分の1まで死滅)し、腸まで届かない
・特徴:味や香りのための「嗜好品」としての側面が中心
■ 本事業の「機能性ナチュラルチーズ(越ノ白雪)」
・菌の保持力:半年経過後もヨーグルト同等(1gあたり1億個以上)の生きた乳酸菌を維持
・独自メカニズム:FHC3株がチーズ内で「中鎖脂肪酸」を直接生成・蓄積
・安全性:100%天然素材。そばアレルゲンは不検出のため安心して摂取可能
睡眠改善から体脂肪50%減まで|データが証明するプロバイオティクス効果
実際に「FHC3株」を用いたチーズを摂取することで、どのような効果が期待できるのでしょうか?
マウスを用いた検証実験では、驚くべきデータが得られました。高脂肪食を与えたマウスにFHC3株を投与したところ、とったカロリーはほぼ変わらないにもかかわらず、体脂肪が約50%減少し、筋肉量はまったく減らないという結果が出たのです。FHC3株がつくり出す中鎖脂肪酸は、それ自体が脂肪燃焼を活性化させることで知られますが、さらに、受容体をとおしてミトコンドリアの熱産生タンパク質を活性化し、エネルギーを熱として消費させる仕組みが働いていると考えられます。
さらに、予備的なヒトモニター試験においては、寝付きの改善や、起きぬけの疲労感の軽減・すっきりとした目覚めに目覚ましい効果が見られました。現在、福井県立大学の看護福祉学部と連携し、一般の方々を対象とした厳密なヒト臨床試験(UMIN登録ずみのランダム化クロスオーバー試験)を進めているところです。
【想定される主なユースケースとターゲット】
■ 睡眠の質向上(眠活):薬やサプリメントの服用に抵抗がある不眠傾向の方
■ 美肌・腸内環境改善(腸活):美容や体質改善への関心が高い女性
■ ボディメイク・筋活:プロテインだけでなく、脂肪燃焼と筋肉維持を狙うジム層
■ フレイル予防:美味しく高タンパク・高カルシウムを補給したい健康志向のシニア層
3,000億円の未開拓市場へ|求める「経営パートナー(CEO候補)」像
市場の可能性と、現在の事業化への課題について教えてください。
日本のチーズ市場全体は約7,000億円規模があるとされていますが、そのほとんどは安価なプロセスチーズと小規模生産の嗜好品チーズです。一方でヨーグルト市場(約4,000億〜5,000億円)を見ると、その4割近くを「R-1」や「LG21」といった機能性表示食品が占めています。つまり、「機能性ナチュラルチーズ」というジャンルは、数千億円規模のブルーオーシャンとして丸々眠っているのです。
私たちが目指しているのは、サプリメントではなく、美味しい天然100%のチーズという、毎日の食事として機能性を届ける文化を作ることです。
どのような経営人材(CEO候補)とタッグを組みたいですか?
私は根っからの研究者ですので、素晴らしい乳酸菌を育て、エビデンスを証明する開発に専念したいと思っています。だからこそ、ビジネス側を力強く引っ張ってくださる経営パートナーの存在が不可欠です。
具体的には、高級スーパーやサブスクリプションなどの冷蔵流通チャネルを開拓できる力を持った方や、大手乳業メーカーとの原料(余剰生乳)調達・委託生産の交渉をまとめ上げられる方を求めています。
研究者としてのマインドと、目指す「食で人を幸せにする世界」
日竎先生が研究や人生において、一番大切にされている価値観は何ですか?
私の根本にあるのは「生涯8万食・一食一会」という考え方です。人は生涯で約8万回の食事をします。その一食一食で何を食べたかがその人の身体をつくり、人生の質を決めていく。だからこそ、単にお腹を満たすためだけの食ではなく、食べた人を根本から健康にし、心まで豊かにする食を提供したいんです。
福井県立大学の生物資源学部は実学にも通じる基礎研究をやっているからこそ、多様な価値観に対して非常に寛容です。数字や計算だけのビジネスではなく、「食のロマン」を共有し、共にワクワクしながら世界を目指せるパートナーと出会いたいですね。
最後に、この事業を通じて実現したい未来のビジョンを教えてください。
「そば由来乳酸菌のナチュラルチーズで、眠れぬ日本・肥満の世界を救う。」これが私たちの掲げる大きな目標です。
不眠や肥満に悩む世界中の人々に、薬やサプリに頼るストレスを与えることなく、福井の風土が育んだ最高に美味しいチーズを通じて健康と快眠を届ける。2030年のスタートアップ設立と社会実装に向けて、このロマン溢れる挑戦を共に走ってくださる方をお待ちしています。
編集後記
長年の研究に対する熱意と、ユーモアあふれる温かいお人柄がとても印象的な日竎先生。取材時に試食させていただいたチーズの、想像を超える美味しさには本当に驚かされました。企業での製品開発から始まり、地元の「越前そば」から奇跡の乳酸菌を見つけ出したその歩みには、「本物の食で人の健康と人生を支えたい」という揺るぎないロマンを感じます。7,000億円のチーズ市場に潜む巨大なブルーオーシャンを切り拓き、日本発の機能性チーズが世界中から注目を浴びる日は、そう遠くないはずです。
