赤ちゃんや小さなお子さんに発症する「川崎病」は、全身の血管に激しい炎症が起きる病気です。治療法の進歩により多くの子どもたちが救われるようになりましたが、薬が効きにくい「難治性川崎病」では、わずか数日で心臓の冠動脈に瘤(りゅう)が形成され、冠動脈破裂や心筋梗塞など、一生の後遺症が残ってしまうリスクが今もあります。
「あと数日早く、正確に診断できていれば…」という悔しい経験から立ち上がったのが、富山大学の仲岡英幸診療講師です。血液の中に存在するごく小さな「細胞外小胞(EV)」とAI解析技術を組み合わせ、治療を始める前に重症化リスクをほぼ100%見抜く画期的な診断法を開発しました。子どもたちの未来とご家族の笑顔を守るため、日々の診察と最先端の研究に向き合う仲岡先生の熱い想いに迫ります。
学術研究部医学系 小児科学講座 診療講師(医学博士)
仲岡 英幸氏
小児科学会専門医・指導医、小児循環器学会専門医・評議員。国立循環器病研究センターでの勤務を経て、ハーバード大学医学部(Boston Children's Hospital)へ留学。また、アメリカ心臓協会(AHA)にて「Outstanding Research Award in Pediatric Cardiology」を受賞するなど国際的にも高く評価される。細胞外小胞(EV)内のmicroRNAとAI数理解析を用いた「難治性川崎病の早期診断・重症度予測技術」を開発し、特許出願(特願2025-009262)および企業との共同開発・社会実装を推進中。
富山大学
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小児循環器医としての原体験――「診断に迷わない医療」を目指して
特に「川崎病」の研究に力を入れるようになったきっかけを教えてください。
小児循環器という分野の魅力は、適切な治療を行うとダイレクトに全身の状態が良くなり、子どもたちが元気になる姿を間近で見られることです。しかしその一方で、川崎病の診療現場では長年ずっと悔しい思いを抱えてきました。
川崎病は日本で年間1万人以上のお子さんが発症する病気ですが、そのうち約2割は最初の標準治療(免疫グロブリン療法など)が効きにくい「難治性」タイプです。難治性だと気づくのが遅れると、わずか数日で心臓の冠動脈が大きく腫れ上がり、最悪の場合は破裂や心筋梗塞を起こして一生の後遺症が残ってしまいます。
私自身、病院の現場で「あと数日早く、この子が難治性だと正しく診断できていれば、心臓の後遺症を防ぐことができたかもしれない…」と、悔しい思いをする場面がありました。これまでは医師の経験や感触に頼る部分も大きく、初期症状だけでは難治性の見極めが極めて難しい病気だったのです。
誰が診ても、全国どこにいても、早期に迷わず客観的な判定ができる仕組みを作りたい。その切実な強い想いが、私の研究を突き動かす一番の原動力になっています。
【技術解説】精度ほぼ100%!「細胞外小胞×AI」による診断キット開発への挑戦
今回開発された「重症化リスクを見抜く技術」について教えていただけますか?
体の中で激しい炎症が起きると、細胞は血液の中に「細胞外小胞(EV)」という、ごく小さな脂質の袋(小胞)を大量に放ちます。この袋の中には「microRNA(マイクロRNA)」という、細胞同士で炎症の情報を伝える微小な分子が含まれています。重症化しやすいお子さんの血液中では、このmicroRNAの組み合わせや量が大きく変化することが分かりました。
私たちが開発した技術は、お子さんの身体に負担をかけないごく少量の血液からこの小胞を取り出し、中に含まれるmicroRNAの情報をAIで解析・数値化するシステムです。最大の強みは、「一番最初の治療を始める前」の段階で、通常の薬が効くタイプか・重症化しやすい難治性タイプかをほぼ100%の精度で見抜ける点にあります。
【従来技術との違い】
■今までの診断方法(スコアリングや過去の統計データ)
精度:重症化する子の2〜3割を見逃してしまう可能性があった
課題:判定まで時間がかかり、医師の熟練度や地域によって診断に差が出やすかった
■今回開発した新しい技術(細胞外小胞の解析×AI)
正確さ:ほぼ100%の精度で、治療開始前に「重症化(難治性)するかどうか」を判別
手軽さ:ほんのわずかな採血で、短時間(1時間以内)で客観的な結果が判明
メリット:初診の時点でその子に最適な強力な治療を選択でき、心臓の後遺症を未然に防げる
現在の研究フェーズと、実用化(診断キット化)への進捗を教えてください。
現在はまさに、基礎研究から臨床応用へと橋渡しを進めている段階です。特許出願を完了し、企業との共同研究や前向き臨床研究を進めると同時に、実際の病院で使われる「体外診断用医薬品(診断キット)」として実用化するための開発を本格化させています。
医療現場で広く使っていただくためには、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認を見据えた戦略と開発プロセスが不可欠です。今後は多施設共同研究による検証を行って客観的なデータをさらに強固にし、1日も早く「診断キット」という形で全国の医療現場・救急の最前線へ届けることを目指しています。
地域医療の格差をなくし、新たな診断アプローチを世界へ
この技術が病院で使われるようになると、社会にはどのような変化が生まれますか?
大病院の専門医だけでなく、地域のクリニックや夜間救急の先生方でも、客観的に「この子は重症化リスクが高い」とすぐに判断できるようになります。それにより、迅速に専門病院へ搬送したり、最初から効果の高い治療を選択できるようになり、地域による診断の格差をなくすことができます。
また、「血液中の細胞外小胞とmicroRNAをAIで解析する」というこの技術基盤は、川崎病だけのものではありません。私たちがまず挑むのは小児の重症炎症性疾患ですが、このアプローチ自体は他のさまざまな炎症性疾患や感染症における早期診断・重症化予測へも応用できる可能性を秘めています。小児医療を皮切りに、医療現場へ新しい早期診断の価値をもたらす基盤技術になると確信しています。
「子どもたちの未来を良くしたい」──共に走る経営パートナーへ
どのような経営パートナーを求めていますか?
技術の証明や特許の準備など、研究者としての土台はしっかり整ってきました。しかし、この技術を実際の病院で使える医療機器や体外診断用医薬品として届けるには、薬事承認の手続きや資金調達、組織の経営など、医学の力だけでは超えられない大きな壁があります。だからこそ、ビジネスの側面をスピード感と強い情熱を持って引っ張ってくださる経営パートナーが必要です。
何よりも大切なのは、専門領域は違っても「子どもたちの未来を良くしたい」という同じ想いや熱意を持っていることです。「リスクがあるのでは」と慎重になりすぎるより、「この技術を一刻も早く世の中に広めましょう!」と前向きに背中を押してくれるような、勢いと挑戦心のある仲間と一緒に走っていきたいですね。
研究者としての信念と、目指す「後遺症ゼロの未来」
最後に、仲岡先生がこの事業を通じて実現したい未来のビジョンを教えてください。
専門医の経験だけに頼るのではなく、AI解析によってどこでも迅速・正確に重症化リスクを判定できるようにする。それによって、地域に関わらず一人でも多くのお子さんに適切な医療を届けることが私の願いです。
川崎病という病気が発見されてから半世紀以上が経ちますが、今なお心臓に後遺症が残ってしまうお子さんをゼロにすることはできていません。「見逃さない。遅らせない。守る。」を徹底し、この技術の社会実装を通じて、川崎病による後遺症に苦しむ子どもたちを世の中から完全にゼロにしたいと考えています。
編集後記
「研究は趣味のようにワクワクするものなんです」と、笑顔で語ってくださった仲岡先生。その優しい眼差しの奥には、病気と闘う子どもたちとご家族の不安に寄り添い、「一人でも多くの子どもたちの未来を守りたい」という温かく強い情熱が宿っていました。ほぼ100%という精度を誇る技術とAIを武器に、小児医療に新たな安心をもたらそうとする今回の挑戦。この技術が一日も早く全国の病院に届き、これから生まれるたくさんの子どもたちの命と笑顔が守られていく未来を、心から応援しています。
