小学生の頃から微生物や生命の不思議に惹かれ、型にはまらない独学と自由な発想でバイオ分野を歩んできた金沢工業大学の小田忍教授。大手企業での研究開発経験を経て大学へ着任した彼が誇るコア技術は、偶然から生まれた世界で唯一の「界面バイオプロセス」です。従来の微生物培養では不可能とされた「毒性・油溶性(疎水性)物質の超高濃度生産」を実現し、天然香料や医薬品原料の生産コストを激減させる画期的イノベーション。優れた技術をもって世界市場へと挑む小田教授の軌跡と未来への情熱に迫ります。
バイオ・化学部 生命・応用バイオ学科 教授(農学博士)
小田 忍氏
九州大学大学院農学研究科修士課程修了後、関西ペイント(株)技術研究所バイオ部門に入社。鳥取大学大学院連合農学研究科にて博士課程修了。関西ペイント(株)分析センター主査を経て、メルシャン(株)生物資源研究所研究員に着任。2008年より金沢工業大学教授に就任し現職。1992年に世界で初めて「界面バイオリアクター」を提唱。専門分野は応用微生物学、界面バイオプロセス、有用物質のバイオ生産。
金沢工業大学
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偶然のハプニングから誕生!「界面バイオプロセス」研究の原点
幼少期から微生物や科学への探求心が非常に高かったとお伺いしました。
母が市立図書館に勤めていた影響で、小学生の頃から本をたくさん読んでいました。小学4年生の時には、病院で問題になり始めていた「薬剤耐性菌(抗生物質が効かない菌)」の存在を知って興味を持ったんです。高校時代には父の会社の手伝い(洋ラン栽培)で、フラスコ培養にカビが増えるのを避ける滅菌方法を専門書で独学して身につけました。専門の先生に教わらなかったからこそ、教科書通りのルールに縛られない自由な発想が身についたのだと思います。
また、科学哲学者カール・ポパーの書籍から「どれほど実験を重ねても絶対に正しい法則は証明できず、たった一つの反証で覆る」ことを学び、「教科書の法則や定説を過剰に信用しない」と心に決めたことも大きかったですね。既存の常識を疑ってトライアンドエラーを繰り返し、ハプニングすらも「定説の間違いを証明するチャンス」と捉える前向きな姿勢があったからこそ、どんな壁にぶつかっても諦めずに研究を推し進めてこられました。
世界唯一の技術である「界面バイオプロセス」は、どのようなきっかけで生まれたのですか?
関西ペイントの研究所にいた1980年代後半のことです。当時、有機溶媒(油)を食べることができる微生物を探していて、有機溶媒を染み込ませた濾紙から溶媒蒸気を与える実験をしていました。その時、たまたま濾紙が寒天培地にペタッと直に触れてしまうハプニングが起きたんです。
「100%濃度の有機溶媒に直接触れたら、毒性で全滅してしまう」と諦めかけたのですが、翌日見ると、なんと接触面で微生物が激しく増殖していました。本来なら微生物を殺してしまう毒性の強い油(疎水性有機溶媒)であっても、「水と油の境目(界面)」であれば、驚異的な毒性耐性を発揮して高濃度に生き残る。この「固/液界面における毒性緩和現象」を発見した瞬間が、研究のすべての始まりでした。
75年のバイオの常識を破る「水と油の境目」でのものづくり
「界面バイオプロセス」の具体的な仕組みと、従来の培養技術との違いを教えてください。
一般的な発酵生産は「水中(液体培地)」で微生物を育てます。しかし、油に溶けやすい物質や生物毒性の高い物質を作らせようとすると、作られた物質が細胞の外に出ていかず、内部に溜まって微生物自身を殺してしまう(生成物阻害)という致命的な限界がありました。
私たちの「界面バイオプロセス(界面ファーメンター)」は、水(培地)と油(有機溶媒)の間に微生物の層をつくり、水から栄養を吸わせながら、作った産物を油側へと即座に引き抜くシステムです。
【従来技術との違い】
■ 既存のバッチ発酵タンク(水中培養)
・課題:油溶性・高毒性物質を作ると微生物の体内に溜まり死滅、生産がストップする
・コスト:大型タンクの設備投資額(CAPEX)が莫大
■ 界面バイオプロセス
・生産効率:従来法の5〜150倍の超高濃度生産が可能
・製造コスト:従来法の1/2〜1/50へ激減
・強み:微生物の毒になる物質を油側へリアルタイム抽出して作り続けられる
作った先から即座に油側へ引き抜いていくとのことですが、なぜそこまで圧倒的な生産量の差が生まれるのでしょうか?
せっかく作った目的の成分であっても、そのまま微生物の体内に留まってしまうと、微生物自身にとっての「毒」となって細胞を傷つけ、途中で働くのをやめてしまうからなんです。
作られた先から油側へ吸い出して避難させてあげることで、微生物はダメージを受けずにずっと元気なまま働き続けられます。さらに、エサとなる糖分を多く入れすぎると微生物が分解をやめてしまう問題(カタボライト抑制)も回避できるので、最大で1ヶ月以上も連続して物質生産を維持できるんです。
同じ菌を使っても従来の水系培養とは全く異なる高価値な有用化合物が大量にとれるため、世界中のどの企業も真似できない独自の強みになっています。
天然香料から高額な医薬品原薬まで|莫大な市場インパクトとユースケース
具体的に、どのような領域での製品化・ビジネス展開を想定していますか?
短期的な収益化ターゲットは「高級天然香料・フレーバー」や「健康食品原料」です。現在、欧米を中心に合成香料から「天然香料」へのシフトが急加速していますが、植物からの抽出は土地制限や気候変動の影響でサプライチェーンが不安定になっています。私たちの技術なら、ココナッツの香り(防カビ・殺カビ物質でもある)や高級フレグランス原料を、安価かつ安定的にバイオ生産できます。天然香料は合成香料の10倍〜100倍以上の高単価で取引されるため、市場インパクトは絶大です。
【想定される主なユースケース】
- 天然香料・フレグランス:化粧品、食品、香水用の高付加価値フレーバー(欧米市場向けも含む)
- 健康食品・漢方成分:抗がん活性等が報告される天然由来成分の大量安価生産
- 医薬品原薬・高価値化合物:試薬価格で1g=1億円以上の超高額抗がん・抗結核物質
- バイオファウンドリ受託:遺伝子組み換え微生物(植物遺伝子導入菌)を用いた受託生産
1gで1億円以上の化合物まで作れるというのは驚きです。
試薬価格で1g=1億円以上もする天然最強クラスの抗がん物質なども、自作の実証プラントで100g単位で大量採取することに成功しています。これまでは「高すぎて研究すら進まない」と言われていた化合物ですが、安価に供給できれば創薬の世界を劇的に変えることができるでしょう。
近年注目されている「合成生物学(植物の遺伝子を微生物に入れて高価値物質を作らせるトレンド)」においても、水に溶けない物質の生産ハブとして私たちのシステムへの需要が急増しています。
9,000株のライブラリーと、共に走る経営パートナー(CEO候補)への期待
研究アセットやチーム体制について教えてください。
私たちの研究室には、独自に収集・管理している9,000株以上の「カビ(糸状菌)ライブラリー」があります。これは大学の単一研究室レベルとしてはトップクラスの規模で、TeSHの審査でも非常に高く評価されました。さらに一度に500株以上を自動選別できる独自の「界面スクリーニング技術」も保有しています。
チームには現在、積水化学や協和キリンでバイオプラント設計・建設を主導してきたプラントのプロや、Beyond Next Venturesの事業化推進担当が参画しており、技術実証からプラント設計までの体制は整いつつあります。
経営人材(CEO候補)にはどのような人物を求めていますか?
一番重要なのは、同じベクトルを向き、技術の可能性に熱意を持って一緒に走ってくれることです。
私は研究開発の陣頭に立って多くの製品を作ってみせますが、「何を作れば一番市場で売れるのか」を捉えることに壁を感じていました。だからこそ、大手香料メーカーや製薬会社、消費財メーカーへ飛び込み、「今この物質が足りなくて困っている」「この香料なら需要がある」という、顧客ニーズを力強く取ってきてくれるCEOを求めています。バイオの専門知識は後からついてきますので、ビジネスを推進する圧倒的な情熱を持つ方にぜひ来ていただきたいですね。
研究者としてのマインドと、目指す「持続可能なバイオ社会」
企業での21年間、大学での18年間、研究を止めずに続けてこられた原動力は何ですか?
企業時代は「儲からない研究は即中止」という方針で何度も研究中断に追い込まれてきました。それでも挫けなかったのは、「実社会の存続と繁栄に貢献する」という使命感があったからです。また越えられない技術的なハードルというものは、ほとんど存在しないと思っています。「断じて行えば、鬼神も之を避く(強い意志で断行すれば、どんな困難も立ち去る)」というモットーが私を支えてくれました。
最後に、この技術の社会実装を通じて実現したい未来のビジョンを教えてください。
目標は、地球環境にやさしいバイオものづくりのハブ・システムを世界に普及させることです。化石燃料や環境破壊に頼らず、微生物の力で高価な化学品や医薬品を省資源・省エネルギーで供給する。この世界で唯一の技術を、実用化して社会に届けたいです。
編集後記
小学生の頃からの純粋な好奇心を胸に、誰も思いつかないカビの培養手法を確立し、学会に大きな衝撃を与えた小田先生。数々の研究中断という厳しい状況を乗り越えてこられた背景には、「社会に貢献したい」という強い情熱がありました。1992年に生まれたこの革新技術は、適切な顧客ニーズと出会えなかったことで長年眠っていましたが、その価値はいまや世界中から求められるものへと高まっています。この素晴らしい技術が社会実装されることを期待しております!
