
大阪大学共創機構は、学内の研究者とファンドを結び付け、大学発ベンチャーの立ち上げを支援する組織であり、研究成果の社会実装を促進する「縁の下の力持ち」としての役割を担っています。今回お話を伺ったのは、大阪大学共創機構ベンチャー・事業化支援室の副室長である田邊秀聴氏です。
平成26年に国の官民イノベーションプログラムが開始されたことを契機に、大阪大学は産学連携をさらに強化し、大学発スタートアップの育成に注力するようになりました。
その一環として、大阪大学ベンチャーキャピタル(OUVC)を設立し、以来、大学の技術や研究シーズを活かしたベンチャー支援を続けています。
今回のインタビューでは、OUVCの創設当初から深く関わってきた田邊氏に、大阪大学発ベンチャーをどのように産みだしているのか、その具体的な取り組みや現在直面している課題について詳しくお話を伺いました。

共創機構ベンチャー・事業化支援室副室長
田邊 秀聴氏
学内に蓄積された先端研究の成果をもとに、大学発ベンチャーの創出および事業化支援に従事。特に関西圏に集中する研究機関と地域経済の接点に注目し、新規ビジネスの創出を通じた社会実装に取り組む。
大阪大学では、銀行・ベンチャーキャピタル等の金融機関と連携し、有望な研究シーズの発掘や起業家人材の育成に注力しており、学内外の技術や人材を結び付けることで、アカデミアの知を地域産業のイノベーションへと変換する体制を構築している。その中核メンバーとして、ベンチャー支援の現場を担う。

- 設立
- 2014年12月
- 社員数
- 20名
MISSION:大阪大学の有する世界屈指の研究成果をグローバルな視点で社会価値を創出する
事業内容:投資事業及びその周辺業務 (特定研究成果活用支援事業)
- 目次 -
銀行員から大学職員へ。配属異動で出会った思わぬ天職
まずは田邊さんのご経歴と、スタートアップ支援に関わるようになった背景について教えていただけますでしょうか?
私は以前、池田泉州銀行という地方銀行に勤めていました。M&Aのアドバイザリー業務や、投資ファンドの組成などに携わり、バイアウト関連の業務にも関わる機会もあり、その分野でキャリアを積むつもりでいました。
しかし、部署異動により、新規事業の立ち上げや大学との共同研究に関する補助金申請など、産学連携の推進を担当することになりました。
その際、今の職場である大阪大学と関わる機会が増え、審査員を務めていただいたり、補助金を申請していただく中で、ご縁が生まれました。そして、たまたま官民イノベーションプログラムに携わることになったのです。
官民イノベーションプログラムとは、国立大学における研究成果の実用化を促進するための事業で、国が東京大学、京都大学、東北大学、大阪大学の4大学に計1,000億円を出資し、大学発ベンチャーの起業を推進することを目的としています。
このプログラムでは、各大学内に1社の大学ベンチャーキャピタルを設立し、さらにその子会社となるベンチャーキャピタル(以下、VC)を立ち上げることが求められました。そして、VCに対して投資案件を供給できるような大学の支援体制を整備することが求められたのです。
大阪大学ベンチャーキャピタル(以下、OUVC)は設立されたものの、大学側の支援体制を整備できる人材が不足していました。そこで、LP(リミテッド・パートナーシップ)企業から出向者を募ることになり、池田泉州銀行からは私が、また他の金融機関などからも数名の出向者が集まりました。こうした経緯で、私は大阪大学で働くことになったのです。
出向者としてスタートした大学発ベンチャーキャピタルの仕事
OUVCに出向後、学内の研究者の起業支援体制を整えるため、上長と共に約2年半かけてGAPファンド(※)の仕組みを構築しました。上長はこのスキームに自信を持っており、他大学にも普及させたいという強い意志があったのだと思います。この仕組みがモデルケースとなり、現在のKSAC(ケーサック)など様々なGAPファンドの基盤となっています。
設計を固めた後、案件開拓を進め、複数の企業化につながるネタを見つけた時点で私の出向期間が終了し銀行に戻ることになりました。
ただ、その時点で私はすでにこの仕事が肌に合っていると感じていました。銀行を退職する決意はかたまっていましたが、すぐに転職するのは銀行との関係上よくないと考え、そこから約3年間はまったく畑違いの業務に従事し、一通りやり切ったところで大阪大学へ移りました。それが2020年頃のことです。
OUVCへの転職は、当然ながら、勝手を知っている職場ですので自分に求められているものは十分に理解できていましたし、転職というより復帰という感覚に近かったですね。
※:大学の基礎研究と事業化の間に生じる資金の空白を埋めるために、政府や大学が提供する基金のこと。
共創機構の設立と大阪大学のスタートアップ支援の仕組み
共創機構設立の背景やビジョンについて教えていただけますでしょうか?
設立の詳しい経緯については私もすべて把握しているわけではありませんが、共創機構の役割は、大学の研究成果を社会実装するための支援をすることです。
一口に社会実装といっても、ライセンス供与、ベンチャー設立、共同研究など、さまざまな形があります。そのため、それぞれの案件に最適な支援を提供することが求められます。私は、その中でもスタートアップの立ち上げを支援する部署に所属しています。
理事の金田が強く提唱しているのは、OUVCでは単に研究を進めるだけでなく、「社会課題をどう解決するか」に重きを置くべきだという考え方です。
研究成果を社会に実装すると新たな課題が浮かび上がり、それを次の研究に反映させることでさらなる成果へとつなげていく。このサイクルを回していくことが、社会実装のみならず、研究そのものを推進することにもつながる非常に重要なシステムなのです。
この仕組みを「OUエコシステム」と呼び、大阪大学の研究シーズをもとに良い循環を生み出せるよう何ができるかを考えながら活動を進めています。
共創機構のスタートアップ支援について、具体的な取り組み内容や、実際の支援のエピソードがあれば教えていただけますか?
私たちは幅広い支援を行っています。まず、案件の発掘から始まり、研究室を訪問してドアノック方式で話を伺いながら、ベンチャー向きの研究シーズを見つけます。発掘したシーズに対して、ライセンス供与を目指すのか、それともベンチャーとして挑戦するのかを検討し、学内の研究成果をどの形で社会実装するのかを決めていきます。ベンチャーとして進める場合は、研究者に働きかけ、具体的な支援を開始します。
実際に事業化を進める段階では、知的財産の管理が非常に重要になります。
OUVCには、イノベーション戦略部門としてベンチャー・事業化支援室(実働部隊)、知的財産室(知財管理)、人材育成室(アントレプレナーシップ教育)の3つの室がありますので、知財が必要になる場合は、知的財産室の担当者と連携し、どのタイミングでどのような知財を取得できるか検討します。場合によっては、新たに特許を出願することもあります。
また、技術のある程度の分析も欠かせません。
適切なパートナーを見つけるためには、その技術が競合と比較してどのようなオリジナリティを持っているか明確に示す必要があります。VCを探索したり、経営者候補となる人材を探すためにも必ず必要な作業となります。
研究者の持つ技術をそのまま事業化できるケースはほとんどないため、技術をどのように事業に適用させるかを整理し課題を洗い出します。その上で、学内外のGAPファンドを活用し、技術的なギャップを埋めるための資金獲得を支援します。
こうしたプロジェクトごとのニーズに応じた支援が、ベンチャー・事業化支援室の仕事です。
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大阪大学吹田キャンパスにあるテクノアライアンスC棟前にて。インタビュアーの藤岡(右側)と田邊氏(左側)
大阪大学発ディープテックの強みと可能性
共創機構の視点から見た、大阪大学のディープテックの魅力や特徴について教えていただけますか?
大阪大学は医学部が非常に強いため、ライフサイエンス系の案件が多いのが特徴です。ただ、実際には純粋に医学部が主体となる案件は3割程度で、歯学部や薬学部などの他学部との共同研究によるものがほとんどであり、特に医療機器関連のプロジェクトが大半を占めます。
また、近年は社会実装の手段としてベンチャー企業の設立がより認識されるようになり、理工情報系の研究者からの相談も増えています。具体的には、マテリアル、素材・環境系、製造プロセス技術などを研究している先生方が、ベンチャー設立を視野に入れ始めており、支援の幅も広がってきていると感じます。
客観的に見て、大阪大学発のスタートアップで働くことの魅力について教えてください。
大阪大学に限らず、関西全体で見ると、関東に比べて大学発のディープテックのネタは豊富だと思います。
関西には京都大学、神戸大学、大阪大学といった国立大学が近い距離に点在しており、以前はそれぞれにライバル意識が強いと言われていました。しかし、近年は研究者の入れ替わりもあり、大学間の協力関係が進んでいます。その結果、関西圏全体で研究予算をしっかり確保できるという強みがあります。
また、これも本学に限らず大学の支援部門全般に言えることですが、一般的な新規事業では「儲かるかどうか」が早い段階での判断基準になります。一方で、大学発スタートアップでは「なぜこの研究を始めたのか」という動機が重視されます。
「この技術を使えば、社会の大きな課題を解決できるかもしれない」といった視点からスタートするため、本当の意味での0→1に関わることができるのが、この仕事の醍醐味だと感じています。
大学発スタートアップの課題と支援する側の人材不足
逆に、大阪大学発スタートアップの課題はどこにあるとお考えですか?
やはり、人材の問題が大きいですね。CXO人材だけでなく、我々のようにスタートアップを支援する側の人材も、なかなか集まりにくいのが課題です。
具体的に、「人材がいなくて苦労した」と感じたエピソードを教えてください。
ベンチャーに関心を持つ先生は確実に増えているのに、我々支援する側の人材が不足していて、そのすべてを支援しきれていないのが現状です。
大学発の技術は、大学側の知的財産の影響を大きく受けるだけでなく、共同研究先などの利害関係も複雑に絡み合っています。そのため、大学側の立場で適切にフォローし、要所要所で押さえるべきポイントを確実に押さえていかないと、プロジェクトはすぐに頓挫してしまいます。
例えば、「先生が先に発表してしまった」「重要な知財を適切に確保していなかった」「実はすでに共同研究が進んでいた」など、基本的な問題が後から発覚することがあります。しかし、外部から見ているだけでは、こうした事情を把握するのは難しいのです。だからこそ、学内で押さえるべきポイントを最初の段階できちんと確認し、適切に対応していくことが不可欠です。
先生方の研究で世の中を変えるかもしれない面白い技術がたくさんあるにもかかわらず、人手不足で優先順位をつけて可能性の高いものだけを選んで進めるしかない現状は、せっかくの技術やアイデアが十分に活かされず、非常にもったいない状況だと感じています。
あえてお聞きしますが、なぜ人材が不足しているのでしょうか?起業家への資金は集まっていてシーズ企業も増えているのに、それに追いつけていない理由は何でしょうか?
プロジェクト単位で見ると、関心を持ってアプローチしてくださる方や手を挙げてくださる方は一定数います。そうした方がプロジェクトや先生とフィットするか、十分なスキルを持っているかは、実際にグラント(助成金)を取りに行く過程で一緒に働く中で見極めることができます。
ただ、VCからの資金調達前の段階や、そもそも会社を立ち上げる前のフェーズでは、雇用のための財源がないので、どうしても“タダ働き”のような状況になってしまいます。支援側の視点で見ると、この点が一番の課題ですね。
最近では、起業向けの助成金制度が充実してきて、謝金のような扱いで報酬を支払える仕組みもある程度は整いつつあります。けれども、例えば「将来的にこのプロジェクトをリードしたい」という人が現れても会社設立までに2〜3年かかるとなると、その間ずっとコミットし続けるのは現実的に難しいのが現状です。
現在、副業で関わってもらえる人を募る取り組みも進めています。しかし、事業計画というのは、本来、社長自らが作成するからこそ強いコミットメントが生まれるものです。一時的な副業の人が作った事業計画をそのままアウトプットすることに、どれだけ意味があるのかは悩ましいところですが、仮説として形にしないとプロジェクトを前に進めることができないので、その点で試行錯誤しています。
課題解決に向けて求める人材
大学発ベンチャーに入社する方が、実際に働く中で感じるギャップについて教えていただけますか?特に、労務問題を含めよく起こる入社ミスマッチの例があればお聞きしたいです。
大学発ベンチャーでは、さまざまなテーマが転がっているため、技術について1から勉強する必要があります。これを負担に感じる方には、正直あまり向いているとは言えません。研究者の方々と関わる仕事なので、技術を理解しようとする姿勢がないと、そもそもコミュニケーションが成り立たないからです。
私自身もそうですが、例えば学部卒の文系出身者がこの分野で活躍するには、科学技術に対する興味を持つことに加えて、自分の得意分野を活かせる強みがあることが重要だと思います。私の場合は、ファイナンスやバイアウトファンドの知識が強みになっています。
たとえば、技術に対する理解がある、ファイナンスに詳しい、グラント(助成金)の申請が得意、知的財産に詳しいなど、「この領域で役に立てます」と言えるスキルがあると、より活躍しやすい環境を作れると思います。
ただ、そのようなスキルを持った方は、どうしてもベンチャープロジェクト側やVCに流れてしまう傾向があります。優秀な人材を確保するのが難しいというのはそういった理由もあるかもしれません。
現状では、業界を知らない方を採用してトレーニングしても、自走できるようになった頃にはVCや他のベンチャープロジェクトに転職してしまう、という状況が続いています。その結果、また新しい人をゼロから育て直さなければならず、なんとかこのサイクルから脱却したいと考えています。
大阪大学発ディープテックの未来に向けて
大阪大学発のディープテックで働きたいと考えている方に向けて、メッセージをお願いします。
科学技術を純粋に「面白い」と思える方には、興味のある先生に自分からアプローチできる環境が整っていますので充実した環境だと思います。
この業界はまだまだ発展途上の段階ではありますが、国の後押しもあり盛り上がりを見せているので伸びしろが期待できます。
何らかの社会課題を解決するプロジェクトに携われるという非常に意義があり、やりがいのある仕事なので、そういった点に共感できる方にぜひ飛び込んでいただきたいです。
貴重なお話、ありがとうございました。

- 設立
- 2014年12月
- 社員数
- 20名
MISSION:大阪大学の有する世界屈指の研究成果をグローバルな視点で社会価値を創出する
事業内容:投資事業及びその周辺業務 (特定研究成果活用支援事業)