
日本では年間30万人が発症し、死因の第3位といわれる脳卒中。比較的有効な血栓回収療法を用いても半数以上の患者は十分な効果を得られず、命が助かっても要介護や寝たきりになることの多い病です。主な原因は、治療によって血流が再開されると酸素の供給が酸化ストレスとなって起こる再灌流障害。この術後の重症化を防ぐ新薬の開発を進めているのが、筑波大学発スタートアップのCrestecBio株式会社です。
同社は他にも、虚血性心疾患や臓器移植時の再灌流障害、炎症性腸疾患や免疫・遺伝子異常に対する臓器保護など、酸化ストレスに起因するさまざまな課題の解決に役立つ研究シーズにより、開発を進めています。脳神経外科医、救急医で筑波大学の研究者でもある代表取締役の丸島愛樹氏に、創業に至る経緯や今後のビジョンについて伺いました。お話からは、仲間や恩師への信頼と感謝、そして技術への自信が伝わってきました。

代表取締役
丸島 愛樹氏
1999年筑波大学医学専門学群卒業、2011年同大博士課程(医学)修了。筑波大学附属病院で臨床医としての研修を積み、2011-2013年ドイツ学術交流会奨学生、シャリテー医科大学ベルリン脳神経外科研究員として脳卒中研究に従事。2013年帰国後、虚血性脳卒中で生じる再灌流障害を解決するための研究開発を行い、2021年に筑波大学発ベンチャーのCrestecBio(株)を創業、代表取締役に就任。筑波大学医学医療系准教授、脳神経外科医、救急医として、高分子化学と臨床医学が切り開く新たなフリーラジカル消去化合物の事業開発により、医療課題の解決を目指している。

CrestecBio株式会社
https://crestecbio.com/
- 設立
- 2021年12月
≪Vision & Mission私たちの使命≫
Aiming for CREST
革新的な医学と化学技術の融合を通じて、いまだ有効な治療法が確立されていない医療領域に挑み、人々が病気や怪我を克服して活動的な生活を取り戻すための新たな医療価値を創造し、医療現場へ届ける頂点を目指します。
- 目次 -
幼少期・青年時代はスポーツに熱中し、大学から脳卒中の研究・治療に取り組む
どのような幼少期や学生時代を過ごしていたのか、生い立ちを教えていただけますか?
青森市で生まれ育ちました。両親と妹と私の4人家族で、父は会社員で、母は家庭で塾をやっていました。やりたいことをやらせてくれる家庭で、小中学校では陸上競技とスピードスケートに打ち込んでいましたし、スキーにもよく連れて行ってくれました。
中学生のときに医師になりたいと思い、高校では部活動を一切辞めて受験勉強に専念しました。青森高校を経て筑波大学医学専門学群に入学しました。入学後はスポーツ三昧の日々を過ごしましたね。陸上に加えてバドミントンも始めて6年間打ち込みました。当時の部活の先輩・後輩とは現在も医療や研究など公私ともにつながりがあります。大学時代からつくばを中心とした生活を送っています。
専門診療科は早いうちに決めていて、医師1年目の時に筑波大学の脳神経外科に入りました。スポーツが好きだったので、中高生の頃はリハビリテーションの医師になることも考えていましたが、医学を学ぶうちに脳に興味を持つようになっていました。非常に複雑で未解明な部分も多い臓器なので、この先医師として長く働くことを考えたとき、常に未知の分野を開拓するような感覚で続けられるだろうと思いました。
脳神経外科の専門医資格を取って2011年に大学院の博士課程を修了し、奨学金をもらってベルリンのシャリテー医科大学に留学しました。そこには臨床と研究の両方にしっかり取り組む、私の理想に近いスタイルの教授がいて、その方の元で筑波大学時代から取り組んでいた脳卒中の研究をしました。

インタビューはCrestecBio社で行った。丸島氏(右側)とインタビュアーの藤岡(左側)
研究者だけで事業化に取り組むもうまくいかず、起業家育成プログラムに参加
臨床にも研究にも力を入れていたのですね。帰国してからスタートアップ創業に至るまでの道のりをお聞かせください。
2013年の帰国後は、臨床医として筑波大学附属病院で今日まで、脳神経外科・脳卒中科、救急・集中治療科の臨床医として働いています。同時に研究者として、大学院時代から長崎幸夫教授と取り組んできた共同研究を続けました。虚血性脳卒中で生じる再灌流障害の研究です。
その頃に脳血栓回収療法という新しい治療法が出てきて、治療直後から再灌流障害という医療課題が臨床医の目の前で生じることが予見できたので、それを解決する医薬品の研究開発を始めました。それが創業につながるシーズとなりました。
具体的には、脳梗塞を悪化させるフリーラジカルに対する消去剤、神経保護薬の研究開発です。そういった新しい医薬品シーズは、最終的に大手製薬企業に技術移転して開発する必要があり、長崎先生と一緒に私も試みました。論文を出し、博士号を取り、特許も取って、結構いいところまで行ったのですが、臨床で使えるところまでは行きませんでした。科研費(科学研究費助成事業)や若手支援のAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)創発的研究支援事業にも採択されましたが、研究段階の次のステージである非臨床~臨床試験に進むために、製薬企業との提携を進めて、規模の大きいグラントを獲得することが困難でした。
この課題をどうにか解決できないかと思い、T-CReDO(つくば臨床医学研究開発機構)が行っている、医師や研究者の研究成果の事業化を支援するResearch Studioというプログラムに参加しました。2019年のことです。
それは起業を前提としたプログラムだったのでしょうか?
そうです。ただ、参加した当初はそうとは知らず、起業するつもりは全くありませんでした。当時からすでに、私の脳卒中の研究だけでなく、消化器内科の潰瘍性大腸炎や循環器科の虚血性心疾患など、長崎先生と一緒に進めていた他の診療科の研究も全部良い結果が出ていました。それほど有望なシーズで特許も取って権利化されているのに、医薬品にする流れに乗せられず、本当に困っていたんです。このままだとせっかくの素晴らしい日本発の技術が消えてしまう。それだけは避けたくて、研究開発をうまく進めて事業化するにはどうすればいいか知りたい一心で参加しました。
Research Studioで学ぶうちに、研究成果を医薬品にするためのステップの中で自分たちに足りなかった視点もあり、それらを一つ一つ解決していくことが医薬品の開発には必要であることがわかりました。そして、開発を進める手段としてスタートアップがあると理解し、起業しなければこの技術は消えると思いました。私の最終目標は論文発表ではなく、その研究成果を患者のために役立てることでしたから、スタートアップは良い選択肢だと思えました。
メンターとして指導してくれた人たちが仲間となり、順調なスタートを切った
スタートアップという未知の世界に、リスクを承知で踏み込めた理由は何でしょうか?
起業について学ぶ中で、メンターとしてアントレプレナー教育に携わる人たちと親しくなり、起業を後押ししてもらえたからです。私のメンターだった彼らが、のちにCrestecBioの初期メンバーになってくれました。
いま執行役員として事業開発を担当している高崎はResearch Studioのリードメンターでした。渡邉は後輩の脳外科医ですが、彼はPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)に出向していた規制対応の専門家でもあります。知財法務を担う弁理士の大門は、創薬・医療系ベンチャー育成支援プログラムのBlockbuster TOKYOと東大IPC(東京大学協創プラットフォーム開発株式会社)の知財メンターでした。そして、技術の開発者である長崎先生。全員が、起業するなら協力すると言ってくれて、最後に高崎が「あとは丸島さんが起業したいと思うかどうかだ」と言ったんです。それで決意しました。
2020年に東大IPCの1stRoundに採択され、2021年12月に起業しました。創業時は1人でしたが、いま申し上げた事業開発、規制対応、知財法務、発明、研究とそれぞれ違う特技を持った4名と私の計5人が初期メンバーになりました。
創業当初の運転資金はどのように工面されたのですか?
東大IPCの1stRoundがNon-Equityの500万円で、資本金を併せて最初は800万円ぐらいでした。最初の年にNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)のNEP(NEDO Entrepreneurs Program ディープテック分野での人材発掘・起業家育成事業)や、内閣府のSIP(次期戦略的イノベーション創造プログラム)のフィージビリティスタディ(FS)で3000万円ぐらいのグラントが取れたので、1年目の資金はまずまず順調でした。それで、起業して3カ月ぐらいのときに高崎にフルコミットで入ってもらいました。
高崎とは2019年にResearch Studioで出会ったときから、起業できたら一緒にやろうという話をしていました。彼は元々製薬企業のCRA(臨床開発モニター)で、スタートアップでの事業開発経験もある非常に優秀な人です。先の見えないスタートアップへの転職は簡単な決断ではなかったはずですが、技術に大きな将来性を感じて来てくれたのだと思います。大企業でバリバリ働いていてもおかしくない人ですから、本当にありがたく思っています。

TCI ベンチャーアワード 2024 スタートアップ部門で優秀賞とAmateras 賞を受賞
エンジェル出資に助けられて資金不足を乗り越え、大型グラントを獲得
大変だったのはその後で、なかなか資金調達できませんでした。それで創業から1年くらいで資本政策を見直し、高崎もフルコミットから離れました。初期の4人のメンバーとは常時連携していましたが、コアメンバーとしては私1人に戻りました。
振り返ってみると、あのとき無理しなくて良かったと思います。会社のつくり方を知っていた高崎がフルコミットで業務を回してくれたおかげで会社の体制は整い、その後も事業を続けることできました。事業は停滞しましたが、その時間を利用して大学での研究は推進しましたし、会社ではVCの方々との面談を続け、非臨床開発で何をやるべきか勉強しました。CDMO(Contract Development and Manufacturing Organization 医薬品開発・製造受託機関)や安全性試験を行うCRO(Contract Research Organization 開発業務受託機関)の人たちと話して必要なことを教えてもらえたので、前向きに捉えています。
地道にスタートアップ支援プログラムやシンポジウムへの参加を続けていると、あるときエンジェル投資ファンドのNewsight Tech Angelsの武田泉穂さんが、筑波大学が開催したイベントで私のパネルディスカッションを聞いて興味を持ってくれました。
米国では、アカデミア発のスタートアップをつくるときにエンジェル出資が入って資金ショートせずに開発が進められるケースが多くあります。しかし日本にはエンジェル出資が根付いていないため、最初の資金調達前に潰れてしまうスタートアップが結構あります。そこをなんとかしたいと考えているということでした。
Newsight Tech Angelsのいろんな分野のスペシャリストに、私たちの技術について説明し、質問に答えました。そのオンラインプレゼンが良かったみたいで、Newsight Tech Angelsの日本での最初の出資先としてCrestecBioを選んでいただきました。エンジェル出資を取りまとめてくれた武田さん、そして、武田さんに引き合わせてくれた筑波大学国際産学連携本部の方々に感謝しており、ネットワーキングの大切さを身をもって感じました。
J-KISS(新株予約権を発行して資金調達を行うこと)で出資いただいたことで、息を吹き返しました。武田さんも社外取締役として来てくれましたが、ここからも大変でした。
内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)は、最初にフィージビリティスタディという500万ぐらいの予備のグラントがあって、その後に本候補があります。フィージビリティスタディは取れるのですが肝心の本候補は2年続けて不採択でした。AMEDの橋渡し研究プログラムで非臨床試験用のシーズBは2年間で1.5億円ぐらいですが、これもヒアリングまで行くものの採択には至らず、3回連続ダメでした。大学での研究は進み、特許の維持年金も何とか支払いながら、会社は継続できたのですが、資金がないと事業が進まないんですよね。
それでも諦めず申請し続けて、ようやく昨年12月にAMEDの大学発医療系スタートアップ支援プログラム(筑波大学拠点)で採択され、2年で3億円というグラントをGAPファンドとして獲得できました。CMC(候補化合物の規格・製造・品質管理:Chemistry, Manufacturing, and Control)と非臨床安全性試験を行う資金が得られたので、これを足掛かりにシードラウンドを組んで資金調達をさらに進め、人も増やして今度こそ上昇気流に乗りたいです。
資金調達によって、人材確保に向けて動けるようになったのですね。
これまで専門的なアドバイスなどでサポートしてくれていた人が結構いたので、彼らにも事業に参画してもらえるようにしました。何かあれば相談するようなつながりがずっと続いていたので、みんな開発が進むことを願っていたと思います。だから一緒にやりましょうとなったときには、待ってましたという感じで来てくれました。

CrestecBio社の事業開発パイプライン
研究と臨床の両方に精通する強みを活かし、有効性と使いやすさを兼ね備えた新薬をめざす
技術開発、事業の立ち上げにおいて大変だったことは何でしょうか。
私たちの技術は非常にユニークで特許もあるので、競合は出てきづらいと思います。仮に出てきたとしても、私たちの方がより有効な医薬品にできるだろうと思います。脳卒中の治療薬という広い観点ではすでに競合製品がいくつかありますが、フリーラジカルを標的にしているものは非常に少ないのです。
脳梗塞は血流が途絶えて酸素が供給されなくなることで起きるわけですが、フリーラジカルはその酸素不足と治療後の酸素の再供給によって発生して、細胞をさらに傷つけて脳梗塞を悪化させます。つまり私たちが開発しているのは、脳梗塞の仕組みにおける最上流を狙った医薬品です。創薬では、化合物はできたけど臨床で薬としてどう使えばいいかわからないというケースがよくあります。でも私は研究者と臨床医、両方の視点から考えてベストな方法を探ることができるので、そこを強みとしていきたいですね。
これからスムーズに事業化を進めるには何が必要ですか?
大きく2つあります。ひとつは開発を急いで特許の残存期間をなるべく長く確保すること。そして用途特許や製法特許などを追加で申請し、特許ポートフォリオという形で長く維持して上手に活用する戦略が必要です。
もうひとつはパイプラインの活用です。シーズはひとつではありません。さまざまな高分子ミセル化合物があって、それが多くの酸化ストレスに関連した疾患に結びついています。まだ研究段階ですが、共同研究を進めている他の診療科、特に消化器内科と外科、循環器外科と内科の研究成果がかなり有望です。また、フリーラジカルが関与する希少性疾患や難病にもフォーカスしていく必要があります。脳卒中の治療薬の開発がうまくいけば、その技術や経験を活用してそれらパイプラインを増やしていくことができます。それができるかどうかが重要です。
CrestecBio社を今後どのような企業にしていきたいとお考えですか? 描くビジョンとそれを実現するための課題を教えてください。
技術開発の後は非臨床試験から臨床試験に移り、最終的には製薬企業に技術を移転します。短期から中期的な課題は、製薬企業と良い提携関係を築くことでしょう。非臨床から臨床に至る長い工程の中でしっかり薬の有効性を示し、素晴らしいと認識してもらって初めてライセンス契約に至ることを考えると、これにはある程度の時間がかかると思います。長期的な課題はパイプライン開発ですね。
多様な開発ストーリーがあり得るので、脳卒中の治療薬という大きな一手を成功させることができたら、他のパイプラインの開発をしっかり進めて新たな医薬品につなげられるでしょう。こういった複数のパイプラインを開発するにはそれなりに人材も必要です。これまで構築してきた産学官民のネットワークが活きてくるんじゃないかと考えています。
丸島さんが考える理想の組織とはどんなものですか? また、どのようなチームマネジメントを想定されていますか?
一人ひとりが自分の判断に責任を持って行動し、互いの専門性を尊重しながら一丸となれるチームが理想です。これは臨床現場でも同じです。チームには内科治療をする人、カテーテル治療をする人、外科治療する人など、異なる専門性を持った人がいます。患者さんを治すためにみんながそれぞれの意見を言い、最終的には互いの良さを尊重し合いながら、患者さんにとってベストと考えるひとつの治療法に決めるわけです。それが非常に重要なプロセスなので、CrestecBio社でも同じような形にしたいと思っています。
担う役割は違いますが、それぞれが専門家としての力を発揮し、会社としてひとつのゴールに向かえる体制をつくりたいです。
いま、このフェーズでCrestecBio社に参画する魅力、働きがいを教えていただけますか?
これからCTB211の開発と安全性の試験を行い、2年後には臨床試験に入れるよう準備していきたいと考えています。このタイミングなら、会社の進む道が比較的最初の段階から見えるので、そこが面白いと思います。医薬品開発には長い時間がかかりますが、良い薬がひとつ完成すれば多くの患者さんを救うことができます。そうした開発に関わりたい方にとってはやりがいがあると思います。
つくばのスタートアップで働く魅力は、どのようなところにあるとお考えですか?
つくばには、筑波大学の他にも多くの研究所や製薬企業が集まっています。スタートアップを支援する企業や地元の金融機関からの支援、つくば市や茨城県もスタートアップの育成に力を入れています。これらの方々から毎年シンポジウムやピッチイベントへの登壇のお声がけをいただいており、「頑張れ」という非常に大きなメッセージを感じながら事業開発を進めていけるところがつくばのスタートアップの魅力です。つくばは、スーパーシティとしてこれからさらに発展していきますが、そのなかで創薬系大学発ベンチャーとして、エコシステムを含めて何かしらのお役に立てればと思っています。ひとりひとりにとってつくばのスタートアップでなければ得られない魅力があると思います。
医師として、研究者として、起業家として、すべての仕事に全力で打ち込む姿勢に感服しました。本日はありがとうございました。

CrestecBio株式会社
https://crestecbio.com/
- 設立
- 2021年12月
≪Vision & Mission私たちの使命≫
Aiming for CREST
革新的な医学と化学技術の融合を通じて、いまだ有効な治療法が確立されていない医療領域に挑み、人々が病気や怪我を克服して活動的な生活を取り戻すための新たな医療価値を創造し、医療現場へ届ける頂点を目指します。