大阪大学の研究成果を社会へ。次世代の産業を共に創出したい

大阪大学ベンチャーキャピタル執行役員 投資部長 魚谷 晃氏

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大阪大学ベンチャーキャピタル(OUVC)は、大阪大学の研究成果を社会に実装し、新たな産業の創出を目指す組織です。単なる投資活動にとどまらず、大学の研究者と経営者候補を結びつけ、創業支援から事業仮説の検証、さらには経営支援まで、スタートアップの成長を包括的に支えています。
2023年にはシリコンバレーにも拠点を設け、世界的なスタートアップアクセラレーター「Berkeley SkyDeck」との提携を通じてグローバル展開も積極的に進めています。

今回は投資部長を務める魚谷氏に、OUVC設立の背景やその役割、投資・支援の特徴、そして大学発ディープテック・スタートアップが持つ可能性などについて詳しくお話を伺いました。魚谷氏の視点から見たOUVCの独自性や、今後の展望についても掘り下げていきます。

魚谷 晃氏

執行役員 投資部長
魚谷 晃氏

九州大学大学院工学府修了、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。
2005年住友化学へ入社し、高機能素材に関する研究開発および新規事業企画等に従事。
その後、産業技術総合研究所でのベンチャー創業支援業務を経て2017年より大阪大学ベンチャーキャピタルに参画。キャピタリストとして主に大学発研究シーズの創業支援(Company Creation)・投資業務・投資先経営支援を行うとともに、投資部全体のマネジメントを担当。

大阪大学ベンチャーキャピタル

大阪大学ベンチャーキャピタル
https://www.ouvc.co.jp/

設立
2014年12月
社員数
20名

≪MISSION≫
大阪大学の有する世界屈指の研究成果をグローバルな視点で社会価値を創出する

≪事業内容≫
投資事業及びその周辺業務 (特定研究成果活用支援事業)

大阪大学発の研究成果を社会へ。OUVCが取り組むカンパニークリエーション

スタクラ:

はじめに、大阪大学ベンチャーキャピタル設立の背景や、その特徴について教えていただけますか?

大阪大学ベンチャーキャピタル 執行役員 投資部長 魚谷晃氏(以下敬称略):

大阪大学ベンチャーキャピタル(以下OUVC)は、大阪大学の優れた研究成果を活かして新しい産業の柱となるようなスタートアップを育成するというミッションを掲げ、2014年に設立されました。

大学の目指す「社会変革に貢献する世界屈指のイノベーティブな大学」というビジョンのもと研究成果の社会実装を進め、その過程で生じる課題を研究にフィードバックするという研究開発エコシステムの循環を通じて豊かな未来の実現を目指しています。

設立当初は大阪大学発の研究シーズやスタートアップへの投資を目的とした1号ファンドを運用していましたが、2021年2月には2号ファンドを立ち上げました。2号ファンドでは、投資対象を大阪大学以外の国立大学発スタートアップにも広げ、より幅広い社会貢献を目指しています。

当社の特徴は、単に大学発スタートアップに投資するだけでなく、それ自体を創出する役割も担っている点にあります。いわゆるカンパニークリエーションと呼ばれる手法を用い、大学の先生方や経営者候補と共に新たなスタートアップを立ち上げています。

具体的には、チームビルディングや初期の事業仮説の立案・検証を大学と協力しながら進め、投資だけでなく経営支援まで一貫して行っており、単なる投資にとどまらず、事業立ち上げ全体を支援することに力を入れています。

「Berkeley SkyDeck」とのパートナー契約によりグローバル展開を目指す

スタクラ:

優れたシーズを見つけ出し、選定し、さらに伴走して成長を支援するという非常に難易度の高いプロセスですが、なぜそのような取り組みをしようと考えたのでしょうか。また、それを実現できる強みはどこにあると思われますか?

魚谷 晃:

大学の研究成果には、まだ市場に出ていない優れたシーズが多く存在します。私たちはダイヤの原石を発掘し、磨き育てることで大阪大学発のスタートアップを増やし、ひいては社会貢献に繋げられるのではないかと考え、この取り組みを始めました。

実現のカギは人材です。私を含め、投資部のメンバーは事業会社出身者や新規事業立ち上げの経験者を中心に構成されています。技術とファイナンスへの高い理解度と実行力を兼ね備えたチーム体制が私たちの強みです。

スタクラ:

OUVCのサイトには「グローバル」や「世界」という言葉が多く見られます。この点について、具体的な取り組みをお聞かせいただけますか?

魚谷 晃:

私たちは日本だけでなく世界規模で社会を変えたいと考えおり、グローバル展開に力を入れています。
2023年にはシリコンバレーにオフィスを設立し、カリフォルニア大学バークレー校発の世界的スタートアップアクセラレーター「Berkeley SkyDeck」と日本のアカデミアとして初めてパートナー契約を締結しました。

これにより、投資先企業を優先的に派遣し、最先端の経営手法を学ばせるとともに、アメリカでのネットワーク構築を進めています。SkyDeckの採択率は約2%と狭き門ですが、提携を活かし有望なスタートアップを送り込んでいます。
さらに、彼らが将来的に世界の投資家から資金調達を行う際には、私たちも積極的に関与し、世界中の投資家とのネットワーク構築ができればと考えています。

インタビューはOUVCオフィスで行われた。魚谷氏 (右側) と、インタビュアーの弊社藤岡 (左側)

インタビューはOUVCオフィスで行われた。魚谷氏 (右側) と、インタビュアーの弊社藤岡 (左側)

カンパニークリエーションを通じ、事業創出の醍醐味を実感

スタクラ:

魚住さんがOUVCに参画されるまでの経歴について教えて下さい。

魚谷 晃:

私は2005年に住友化学でキャリアをスタートし、高機能素材関連の研究開発や海外向けの新規事業開発に従事しました。しかし、新しいテクノロジーを事業として形にする難しさを痛感し、慶應義塾大学ビジネススクール(KBS)で経営を体系的に学び直すことを決意。
KBS入学に伴い住友化学は退職しましたが、研究と並行して非常勤で産業技術総合研究所(産総研)にてスタートアップ支援に携わり、研究成果の事業化について実践的な知見を深めました。

MBA取得後は、仲間とともに産総研発スタートアップの立ち上げに挑戦しましたが、ビジネスの方向性の違いから撤退。その後、OUVCの投資部長から「起業を前提にシーズ探索をしてみてはどうか」と誘われ、EIR(起業支援担当)(※)として参画することになりました。

当初は起業も視野に入れての参画でしたが、OUVCでは複数のカンパニークリエーションに関わる機会があり、さまざまな事業の立ち上げを経験する中で、VCの役割に魅力を感じるようになりました。
事業創出の醍醐味を味わえるこの仕事が自分に合っていると実感し、現在に至ります。

スタクラ:

これまでに魚谷さんが関わっていらした案件について教えて下さい。

魚谷 晃:

これまでに8社のカンパニークリエーション案件に携わり、すべての会社が現在も事業を継続しています。現在はマネージャーとして、その他の案件もフォローしています。

弊社は特に創薬や医療サービス分野を中心に、事業創出に力を入れています。
例えばペリオセラピアという難治性乳がん向けの抗がん剤を開発する会社には累計10億円以上を投資しています。また、JiMEDという医療機器の会社には、脳波を読み取り意思疎通を可能にするブレイン・マシン・インターフェイスの開発を支援しています。

スタクラ:

スタクラ:創薬・医療サービスへの投資が多いのには、何か背景があるのでしょうか?

魚谷 晃:

大阪大学は医学部をはじめとしたライフサイエンス分野の研究力が非常に高く、その強みを生かした事業創出を中心に行っています。

※:EIR(Entrepreneur in Residence, 客員起業家)
EIRとは、ベンチャーキャピタル(VC)や大学、企業などに一定期間所属しながら、新規事業の立ち上げやスタートアップ支援を行う起業家のこと。

産業界との連携を利用し、ディープテックの社会実装を進める

スタクラ:

大阪大学発ディープテック・スタートアップには、どのような特徴があると思われますか?

魚谷 晃:

大阪大学は国内トップクラスの研究機関であり、世界的にも高いプレゼンスを誇ります。その中で、最先端のテクノロジーを扱える点が大きな魅力だと感じています。
特に、ライフサイエンスと工学分野は大阪大学の強みであり、産業界との結びつきも深い分野です。これらの領域では、学術的・産業的に優れた研究シーズが豊富にあり、それらを基にしたディープテック・スタートアップが数多く生まれています。

私たちも投資を通じて、こうした技術が社会実装され、人類の発展やQOLの向上に貢献できる点に大きな社会的意義を感じています。

スタクラ:

産業界との連携について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?

魚谷 晃:

大阪大学は、民間企業との共同研究の件数・金額ともに日本トップクラスの実績を誇ります。そのため、基礎研究だけでなく、実用化を見据えた研究開発が盛んな点が特徴です。
優れた技術を生み出しても、社会に活用されなければ意味がありません。阪大の研究は産業応用を前提としているため、研究者自身が成果の社会実装を実感しやすく、やりがいを持って研究に取り組める環境が整っています。

例えば、セラミックス3Dプリンターを開発するエスケーファイン社は、写真化学と阪大が共同出資して設立したスタートアップです。この3Dプリンターはすでに実用化され、私たちの生活に身近な工業製品の製造にも活用されています。

こうした産学連携型スタートアップへの支援は、OUVCならではの出口戦略を意識した取り組みです。大学の研究シーズと民間企業の技術や市場の知見を掛け合わせることで、単なる技術開発にとどまらず、社会実装を推進する姿勢を体現している事例だと考えています。

投資の60%を占めるライフサイエンス・医療関連分野

スタクラ:

OUVCの投資対象となる企業はどの程度あるのでしょうか。また、投資分野の中でライフサイエンス系の割合はどのくらいになりますか?

魚谷 晃:

具体的な数を把握するのは難しいですが、投資対象となるスタートアップは、全国の国立大学を含めると数千社規模に及ぶと考えています。
実績ベースでは約50社に投資しており(2024年時点)、そのうち約60%がライフサイエンスや医療関連のスタートアップです。残りの40%は、ものづくり、IT、環境・エネルギーといった分野に分かれています。

スタクラ:

やはりライフサイエンス分野が圧倒的なのですね。

魚谷 晃:

大阪大学の医学部やライフサイエンス研究の強みが、そのまま反映されている形ですね。
ディープテックは短期的な収益化が難しい領域ですが、長期的に見れば社会に大きなインパクトを与える可能性があります。そうした技術を支援し、事業化へと導くことが、私たちの重要な役割だと考えています。

大阪大学ベンチャーキャピタルは、「大阪大学や他の国立大学発ベンチャー」の創出、発展に向けたシームレスなサポートを行っています。

大阪大学ベンチャーキャピタルは、「大阪大学や他の国立大学発ベンチャー」の創出、発展に向けたシームレスなサポートを行っています。

関西スタートアップの最大の課題はCxO人材の確保

スタクラ:

一方で大阪大学発スタートアップが抱える特有の課題などはあるのでしょうか?

魚谷 晃:

最大の課題は人材不足です。特にビジネス人材の不足は深刻で、東京と比べるとその差は歴然としています。関西ではCxO人材、とりわけCFOの確保が極めて難しい状況です。
OUVCでもCxOプールの整備を進めていますが、投資先のニーズに対して供給が追いついていないのが現状です。実際、経営支援の要望をヒアリングすると、ほぼすべてのスタートアップが採用支援の必要性を訴えています。

これは、関西出身の優秀なビジネス人材が東京へ流出し、そのまま戻ってこないのが大きな要因だと考えています。東京の方がビジネスチャンスや資金調達の規模が大きく、経験を積む環境も整っているため、そのまま定着してしまうケースが多いのでしょう。

東京の人材を関西に呼び込むのは容易ではなく、それ相応の魅力やオポチュニティを提示しないと動いてくれません。この課題は、関西のスタートアップ・エコシステムの発展において大きな壁になっています。

スタクラ:

大阪大学発のディープテックならではの課題についても教えて下さい。

魚谷 晃:

よくあるのは大学の先生と経営陣とのミスマッチです。
大阪大学発スタートアップでは、研究成果の社会実装意識に高い意識を持った研究者が創業者になるケースが多く、そのため、経営に強い関心を持ち、意見を述べることも少なくありません。
しかし、経営者やビジネスパーソンとしての経験は浅いため、時には経営視点から見るとやや的外れな発言もありますし、経営方針の相違が出て来ることもあります。

彼らは自分の研究分野で第一線を走り続けてきたプロフェッショナルであり、その新しい視点や膨大な努力に学ぶべき点が数多くあります。そこに対する経営陣側のリスペクトが欠けてしまうと、意見の対立が感情的なものになり、関係が悪化しがちです。

これは大阪大学に限らず、大学発ベンチャー全般に共通する課題かもしれませんが、特に研究者主導のスタートアップでは注意が必要だと感じています。

「自責思考」はスタートアップにおける成功の鍵

スタクラ:

これからスタートアップで働こうと考えている方に向けてのアドバイスをいただきたいと思います。スタートアップに向いている・向いていない人の特徴について、魚谷さんはどのようにお考えですか?

魚谷 晃:

自責思考ができる人は、変化の速いスタートアップ環境への適応力が高いと感じています。
スタートアップは挑戦の連続ですから、当然ながら成功までの道のりには必ず山あり谷ありです。その過程を自分ごととして前向きに捉え、苦境を成長の糧にしていける人は、まさにスタートアップ向きの人材だと思います。

一方で、他責思考の人は定着しにくい傾向があります。外部要因によるトラブルも当然ありますが、それを環境や他人のせいにする思考パターンは成長の機会を自ら手放してしまいがちです。結果的として、そういった人は組織を離れるケースが多いように感じます。

世界を変える可能性を秘めた最先端のテクノロジーで共に挑戦したい

スタクラ:

最後に、大阪大学発ディープテック・スタートアップに興味を持っている皆さんに向けてメッセージをお願いします。

魚谷 晃:

大阪大学には、世界を変える可能性を秘めた最先端のテクノロジーがまだまだ眠っています。
ディープテックで新しい価値を生み出したいと考えている方にとって、これほど挑戦しがいのある環境はなかなかないと思います。もちろん、ディープテックだからこその難しさもありますが、その分、自分の仕事が社会や未来に与えるインパクトは計り知れません。
OUVCは、そうした技術を社会に実装する橋渡し役として、これからも多くのスタートアップを世の中に送り出したいと考えています。

また、大阪は都市として非常に住みやすい環境が整っています。都市部と郊外のバランスが良く、街自体もコンパクトにまとまっているため、都会的な生活を楽しみつつ、少し足を伸ばせば自然の中でリラックスすることもできます。
生活の場として食の魅力も大きなポイントです。まだまだ手頃な価格で楽しめる店が多く、食文化の奥深さを探求する楽しみもあります。

「世の中を変えたい。そこに人生をかけてもいい」――そんな挑戦を求めている方がいらしたら、ぜひ一緒に新しい未来をつくっていきませんか?大阪でお待ちしています!

この記事を書いた人

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片山 真紀

慶応義塾大学経済学部出身。 新卒で大手通信会社にて営業およびシステムエンジニアとして衆議院、JICAや日本・海外の大学などでシステム構築を担当。 家族の海外赴任帯同と子育て期間を経て、アメリカのITコンサルティング会社で知的財産の専門家向け判例データベースのアナリストとしてデータ収集・分析等に従事。 2017年10月からライターとしてスタクラに参画、60人以上のCEOや転職者インタビュー記事を執筆。

大阪大学ベンチャーキャピタル

大阪大学ベンチャーキャピタル
https://www.ouvc.co.jp/

設立
2014年12月
社員数
20名

≪MISSION≫
大阪大学の有する世界屈指の研究成果をグローバルな視点で社会価値を創出する

≪事業内容≫
投資事業及びその周辺業務 (特定研究成果活用支援事業)