
2022年に決定された「スタートアップ5か年育成計画」を皮切りに、日本全国で起業支援の波が起きています。特に東北六県における勢いは顕著であり、仙台市では、郡市長自らスタートアップへの手厚いサポートを約束しました。
しかし、地方におけるムーブメントを他県から享受するには、どうしたらいいのでしょうか。その答えの一つとして、「EIR(客員起業家)」という選択があります。EIRは、起業を目指す人材がVCや事業会社等に一定期間所属し、所属組織のネットワークを活用しながら起業を目指すやり方であり、様々なサポートを受けられるため、起業未経験のかたでも挑戦しやすい方式といえます。
今回は、東北大学ベンチャーパートナーズにEIRとして在籍している妹尾浩充さんをお招きして、EIRという起業手段の実際と、なぜEIRを選んだのか、そして地方から今、大学発ディープテック創業を目指すべき理由についてお話いただきました。

EIR(客員起業家)
妹尾 浩充氏
映画やコンテンツの企画・制作、配給、VOD事業など、プロデュース業務を中心に従事。2016年からはAmazonプライムビデオにてオリジナルコンテンツを中心にマーケティング戦略を担当。2019年からシード期のITスタートアップの株式会社リチカに転職し、ビジネスプロデューサー/事業開発責任者として、新規売上と事業グロースを担当。
THVPでの担当:2024年2月から東北大学ベンチャーパートナーズの第1号となる客員起業家(EIR)として、大学発の技術シーズの事業化、スタートアップ創出に取り組む。
最終学歴:立命館大学 政策科学部
その他:<出身>広島県(妻が宮城県出身)

東北大学ベンチャーパートナーズ株式会社
https://thvp.co.jp/
≪経営理念≫
東北大学及び周辺国立大学の研究成果に基づく優れた技術を、
大学発ベンチャーの設立・投資・育成活動を通じて事業化し、
新産業を創出することによりイノベーションを起動します
≪Mission≫
投資活動を通じて、大学の研究成果が社会・産業に新陳代謝を促す革新的イノベーションをもたらすための機会を創出します
大学発ベンチャーを継続的に輩出するためのイノベーションエコシステムを形成します
東北地域からグローバルに活躍できる起業人材を育成輩出するプラットフォームを形成します
新産業の創出・育成を通じて東北地域の産業振興に貢献します
≪Vision≫
東北地域における大学発ベンチャーの成功事例を連続的に創出し、テクノロジーベンチャーと人材、資金の集積を実現します
≪Values≫
テクノロジスト:最先端の科学技術を高度に理解し、研究者への共感と尊敬を基礎として、研究成果の事業的価値を追求します
イマジネーション&クリエイティビティ:既知の方法や常識、価値観に囚われず未来を想像し、投資育成活動を通じて付加価値を創造します
プロフェッショナリズム:高度な能力と倫理観を持って周囲から信頼を獲得し、成果に拘って行動します
オーナーシップ:全ての行動と結果に対して責任が伴うことを自覚し、常に自身に何が出来るのか/何をすべきかを考え続けます
- 目次 -
今後のキャリアを見据えて、あえて新規分野にチャレンジした
現在、妹尾さんが携わっているお仕事やキャリアについて教えてください。
2024年の2月から、EIRとして東北大学ベンチャーパートナーズ(THVP)に所属しております。東北大学を中心に、東北六県の国立大学の研究技術をリサーチして、事業化に前向きな先生や、市場ニーズの高そうな技術を探し出すことが主な仕事です。時系列に沿って説明すると、最初の半年ほどはリストアップと先生へのアプローチを行いました。実際に事業を起こすとなると、技術の優位性や市場価値などもポイントになりますが、やはり起業は研究者である先生と協力し会社を立ち上げていくことなので、人間的な相性も重要です。
そういった複数の基準となるポイントを持ちながら、いろんな先生とディスカッションを重ねて、最終的に2、3人に絞り込んで具体的なビジネスの話に移りました。それが今年の6、7月くらいだったと思います。現在は、その先生とともに、創業に向けた計画を具体化しているところです。
キャリアとしては、私は20年弱、コンテンツの世界で映画をメインにプロデューサー職を長く務めました。他のEIRの方ともお会いしましたが、皆さん多種多様なキャリアを持っています。例えば、商社勤めのかたもいれば、医療関連のバックボーンを持つかたもいます。
少し遡りますが、私の場合はそもそもなぜコンテンツ業界からスタートアップの世界に飛び込んだのかというと、Netflix等のサブスクリプションサービスの台頭によって、「コンテンツ業界にゲームチェンジが起こりつつある」と感じたのが最初のきっかけですね。業界の最先端の景色を見てみたくなり、ご縁をいただいてアマゾンジャパンに移ったのですが、そこでいろいろとカルチャーショックを受けたんです。アマゾンは「ビジネスづくり」の部分がとても優れていて、その仕組み化がとてもうまいという印象を受けました。
例えば、金融業界から来た人もいて、みんな十人十色のバックグラウンドを持っています。コンテンツは重要だけれど、それはあくまでも一側面であって、出した結果よりも「プロセスの標準化と再現性の高さ」がより評価されるんです。これまで私は独学のたたき上げでやってきた人間だったので、自身の今後のキャリアを考えたときに、「ビジネスパーソンとしての能力やスキルを獲得するためには、ここでチャレンジしないとマズいのでは」と焦りが生まれました。それが2019年のことです。
アウェイな領域に飛び込めたのは「知らないことの強さが生きる」場面を見てきたから
スタートアップを選んだ理由や、東北大のディープテックの特徴や魅力について教えて下さい。
もともとスタートアップを狙っていたわけではありません。自分の中で決めていたのは「コンテンツを離れること」だけでした。自分の培ってきたものが何に活かせるのか、フラットに見つめ直したいと思ったんです。
そんなことを考えていたら、転職エージェントから新規事業やスタートアップの話をいただくようになり、この道に進みました。コロナ禍による完全フルリモートの流れに沿って仙台移住をしたのですが、その数年後、ネクストキャリアを考えるころにはコロナ禍が落ち着いてきたんですよ。リアル回帰の流れが出てきて、リモートの選択肢が減っているけれど、仙台はとても水が合うし、離れたくない。そんなときに、THVPからスカウトをいただきました。Climate Techやグリーンビジネスなど、ちょうどこれからの自身のキャリアで社会課題にチャレンジする仕事に興味を持っていた時期だったので、転職の決意を固めたかたちです。
ディープテックはアウェイな領域ではありましたが、やりがいがあって、行くべきところに飛び込むことはそれほど怖くありません。それと経験上、「知らないことの強さが生きる」場面を多く見てきた、というのもありますね。知らないからこそ新しいアイデアを発案できたり、常識に疑問を持つことができるという強みもあると思います。
私はアカデミアでもないし、ディープテックにも触れてこなかったので、「技術」という観点では驚きの連続でした。先生方からお話を聞くにつれ、どれも未来のあるお話にワクワクしっぱなしでまずはその新たな世界に強く惹かれました。例えば、医学部の先生が認知症の早期発見を可能にするための検査プログラムを考えていたり、医師としてのビジョンや理念を持ちつつ、より大きな社会課題の解決を目指して起業を検討されているというのは、素晴らしいことだと思います。
決して簡単な道のりではないけれど、東北大学の研究技術として強みを持つ材料や工学系を始めとして、社会実装を実現できれば、本当に良い未来が訪れると確信できる研究にたくさん出会えました。
また、EIRとして活動する上で、VCであるTHVPに所属しているため、スタートアップがどのように評価されるのか、投資を受ける仕組みやロジックなど、ディープテックでスタートアップをやること自体をイチから学ぶ機会がありました。加えて、キャピタリストと一緒に動けるので、自分の中の仮説をディスカッションしながらブラッシュアップできるのもよかったです。そして何より、大学VCだからこそ、アカデミアのお作法を教えてもらえたり、先生や研究へのネットワークなどのナレッジが共有されたことはありがたかったです。

東北大学青葉山キャンパス(手前右手がマテリアル・イノベーション・センター)
情報の流通速度が緩やかなぶん、やるべきことにフォーカスできる
東北でのワークライフバランスや東京との違いについてはいかがでしょうか。
ワークライフバランスの面でいうと、仙台はとても良い場所だと思います。まず、東京から近くて、新幹線ですぐ来ることができます。都心からのアクセスも良い上に、市街地から30分圏内で海にも山にもアクセスできます。家族で暮らす上で、この住環境の良さは大きな魅力になるのではないでしょうか。空気も食べ物もおいしいですし、QOLは相当高いと感じています。お子さんがいる家庭にも良いと思います。「杜の都」と言われるだけあって緑が豊富ですし、教育環境も良いです。
ビジネスの面でいうと、仙台は東京と比べると情報が入ってきにくいという点はあります。でも、私はそれが逆にメリットになっていると思います。東京にいたころは、心には常に焦りがありました。でも、今はちょうど良い具合に、自分のやるべきことにフォーカスできる情報摂取量だと感じています。
また、東京にいると当たり前のビジネス感覚が仙台にいると良くも悪くもまだ追いついてなかったり、そういったズレを認識できるのでここでしか得られない視点も多くあると思います。バランス次第ではありますが、やりようによっては情報の流れの緩やかさはプラスになるのではと思いますね。
異業種から挑戦した自分の役割は「自分でもこれだけやれるんだ」と示すこと
東北大学発スタートアップについて、妹尾さんから見て課題だと感じた部分はありますか。
ビジネス人材がもっと必要だな、と思っています。やはり、先生方に研究に加えてスタートアップの経営まで求めるのは厳しいものがあります。先生方とビジネス人材とで、お互いに共通理解を持ってタッグを組むことができたら、東北大発のスタートアップがもっと生まれるのではないでしょうか。
残念なことに、仙台にはビジネス人材がまだまだ足りないのではないかと感じています。例えば、私以外のTHVPで活動する他のEIRは皆さん本業があって副業的にやっているのですが、そういう方々が気軽に来てくれたら、ビジネスチャンスがもっと生まれるのではないかと思います。
妹尾さんのようなビジネス人材は、なぜ仙台に来ないのでしょうか。
まず、仙台にこんなにチャンスが眠っていることを知らないんだと思います。知ったならば、「面白そうだな」と興味を持つ人も出てくるでしょうね。それと、やはり地方での起業はリスクが高く見えるのも二の足を踏む理由だと思います。
ここのギャップを解消するには、成功例をたくさん作るしかないでしょう。私が経験してきたことを話すことで「こんな自分でもここまでやれる」と可能性を広げることが自分の役割だと思っているので、できる限り発信して、もっと皆さんがチャレンジしに飛び込んできてくれるようにしたい、起業の輪を広げていきたいと思っています。
「東京から副業的に地方企業の事業に参画する」というやり方も増えてきているように思います。私の友人にも実際にいますし、徐々にそういう新しい働き方が増えていると感じています。ビジネスチャンスが眠っている場所はまだまだあるので、この傾向が加速することに期待したいですね。

インタビューはマテリアル・イノベーション・センター(MIC)で行った。妹尾氏(左側)とインタビュアーの藤岡(右側)
世には出ていないが眠っている良い技術は多い。アカデミアへの歩み寄りが重要
東北大発スタートアップで働く人たちが知っておいたほうがいいこと、覚悟しておくべきことはありますか。
ビジネス人材向けに絞っていうと、「良いものが眠っている度合いは相当高いぞ」ということを伝えたいですね。東北の方々は自分たちから主張することがあまり得意ではない傾向があるように感じていまして。すごく良いモノがあるのに、実はアピール不足なのか世に広く知られていないだけということも多々ありましたので、掘り起こすことから始めると良いと思います。技術ベースではなく、解決したい課題を中心に合う技術を探すと、面白いものがいくつも見つかるのではないでしょうか。
ほかにはアカデミアとの課題で言うと、先生とビジネス人材の相互理解が必要です。先生方にはビジネスを理解していただく必要があるけれども、ビジネス人材も、これまで先生方が歩んで来られた環境や考え方などを理解しようと努力し、歩み寄ることがとても重要だと思っています。
ただ、移住するとなると、やはり簡単なことではないので、月イチで来て土地に慣れたり、しっかりお試し期間を経てから移住を決めるなど、やり方はいろいろあるかと思います。
東北全体が起業支援に力を入れている今こそ、チャレンジの好機
東北大学のディープテックで働こうと考える人や、EIRにチャレンジしようとしている方々に対して、何か背中を押すようなメッセージをください。テック系ではないかたが東京からきて、ディープテックに関わっているという点で、妹尾さんの事例は説得力があります。
国の施策を含めて、東北大学でのチャレンジには後押しがたくさんあります。仙台市長はスタートアップ育成に前向きですし、東北圏域の大学のスタートアップ・エコシステム(MASP)などもあり、スタートアップへの挑戦をするにあたって今はベストタイミングだという感じがしています。
もちろん、いきなり全てを投げ捨ててオールインで飛び込む必要はありません。東京から近い立地を活かして、少しずつ関わっていくことを勧めます。「私でもできた」というと響きが軽いかもしれませんが、ディープテックでないとダメということもありませんし、山の登り方はいくつもあって良いのではないでしょうか。
私がテック畑ではなかったからこそのメリットもあります。もちろん技術の全体感は事前に勉強はしていくものの、やはり最初は専門的な話は難しいです。対話をつづける中で理解は深まりますが、その「わからないなりの強さ」もあると感じています。ビジネスは技術があるからうまくいくわけじゃなくて、お客さんの抱える課題と解決するための技術のマッチングが起きないと回らないものですよね。だから、特定の専門分野に特化するやり方もあれば、そうじゃないやり方で徐々に理解を深めつつ、事業開発を進めるのも正解だと思っています。
素敵なお話をありがとうございました。

東北大学ベンチャーパートナーズ株式会社
https://thvp.co.jp/
≪経営理念≫
東北大学及び周辺国立大学の研究成果に基づく優れた技術を、
大学発ベンチャーの設立・投資・育成活動を通じて事業化し、
新産業を創出することによりイノベーションを起動します
≪Mission≫
投資活動を通じて、大学の研究成果が社会・産業に新陳代謝を促す革新的イノベーションをもたらすための機会を創出します
大学発ベンチャーを継続的に輩出するためのイノベーションエコシステムを形成します
東北地域からグローバルに活躍できる起業人材を育成輩出するプラットフォームを形成します
新産業の創出・育成を通じて東北地域の産業振興に貢献します
≪Vision≫
東北地域における大学発ベンチャーの成功事例を連続的に創出し、テクノロジーベンチャーと人材、資金の集積を実現します
≪Values≫
テクノロジスト:最先端の科学技術を高度に理解し、研究者への共感と尊敬を基礎として、研究成果の事業的価値を追求します
イマジネーション&クリエイティビティ:既知の方法や常識、価値観に囚われず未来を想像し、投資育成活動を通じて付加価値を創造します
プロフェッショナリズム:高度な能力と倫理観を持って周囲から信頼を獲得し、成果に拘って行動します
オーナーシップ:全ての行動と結果に対して責任が伴うことを自覚し、常に自身に何が出来るのか/何をすべきかを考え続けます