
早稲田大学は、学生・教員、研究者の起業家精神を育み、特許技術や研究成果を活用したベンチャー企業の育成を通じて、イノベーションの創出に取り組んでいます。石井裕之氏が所長を務めるアントレプレナーシップセンターはこうした取り組みの最前線にあり、起業したい学生や教職員、卒業生に対してさまざまな支援を行っています。本インタビューで強く印象に残ったのは、石井氏の早稲田愛とスタートアップへの熱い思いです。早稲田発スタートアップで自分のキャリアを磨きたいと考えている方にとっては、非常に興味深い内容となっています。

所長
石井 裕之氏
静岡県富士市出身。2002年、早稲田大学理工学部機械工学科、卒業。
2007年、早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程、修了。
博士(工学)取得。2016年、早稲田大学創造理工学部総合機械工学科、准教授。2022年、早稲田大学創造理工学部総合機械工学科、教授。
専門はロボット工学および知能機械学。
人間をはじめ動物や植物など、
さまざまな生物と共生するロボット・システムの開発に従事。

早稲田大学 アントレプレナーシップセンター
https://www.waseda.jp/inst/entrepreneur/
≪事業概要≫
◆起業家教育(グローバルエデュケーションセンターのビジネスクリエーションコース(BCC)科目、各種セミナー・プログラムの実施)
◆早稲田PoCファンドプログラム(事業化に向けた仮説検証のためのギャップファンドプログラム)
◆起業活動支援*(法人登記可能な事業拠点としてのアントレプレナーシップセンター施設利用、ネットワーキング、弁護士、公認会計士をはじめとする専門家による起業・経営相談)
- 目次 -
「社会に役立ってこその学問」という大隈重信の教え
早稲田大学アントレプレナーシップセンターが創出された背景やビジョンについて教えてください。
早稲田大学とアントレプレナーシップは非常に親和性が高いと考えています。早稲田大学は「独立独歩」の精神、自分の道を自分で切り開いていくことを是としており、その理念は校歌にも表れています。そうした生き方の一つの形が「起業(アントレプレナーシップ)」で、学生や外部の人々を巻き込みながら、起業を支援する拠点として「アントレプレナーシップセンター」が設立されました。
このセンターの前身はインキュベーションセンターで、2021年に現在の名称へと変更されました。私立大学で最初にインキュベーションセンターを作ったのは早稲田大学です。2001年に開設した当時はまだスタートアップという言葉すらない時代でした。現在センターでは、起業家教育とPoCファンドプログラム(事業化に向けた仮説検証のためのギャップファンドプログラム)、そして起業活動支援を行っています。
早稲田大学には「早稲田大学教旨」というものがあります。これは、大隈重信先生がおっしゃった3つの重要な言葉–「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」を教育の基本理念として示したもので、「学問の活用」を謳っています。つまり学問を学問としてやるだけではダメで、社会に役立てることが大事であるということをすでに明治時代に示していたことに先見の明を感じます。現在でも「学問の活用」を明確に謳っている大学はそれほど多くありません。
「模範国民の造就」は、グローバリゼーションの現代における「地球市民」の育成という理念につながっており、豊かな人間性を持ったグローバルな人材の育成を目指すものです。これを実現するために、アントレプレナーシップセンターやボランティアセンター、Global Citizenship Center(GCC)などの学内の
組織が連携して、さまざまな取り組みを展開しています。
こうした教旨のもと、早稲田大学には研究成果の社会実装や実用化志向の研究をやることに前向きな先生が非常に多いので、産学連携だけでなく起業という選択肢も持ってもらうために、JST(科学技術振興機構)の支援を受けて「早稲田PoCファンド」を立ち上げました。このファンドでは伴走支援を受けながら仮説検証を行い、スタートアップを生み出すプロジェクトが進められており、すでにいくつか成功事例も生まれています。
成功例を多数輩出、ディープテックは今後の期待領域
早稲田大学アントレプレナーシップセンターのディープテック・スタートアップ支援の取組や特徴、実績を教えてください。
早稲田大学の大きな特徴は学生数の多さです。大学院を含めると約5〜6万人の学生が学んでいます。そして、これだけの学生が高田馬場に集中していることも特徴です。
このような大規模な学生・教員コミュニティを活かして、起業やアントレプレナーシップを志す学生から教員まで、幅広く支援できる体制が整っていることが早稲田の大きな強みです。
センターができる前から早稲田大学には、メルカリの山田氏のように早稲田出身で起業家として活躍している人物が多くいました。近年はこうした起業家OBたちもアントレプレナーシップセンターに関わってくれるようになり、大学全体で起業の機運を高めようとしています。
早稲田大学は3つのベンチャーキャピタル(ウエルインベストメント、WUV、Beyond Next Ventures)と提携し、WUVは2022年に早稲田専用ファンドを設立しました。ウエルインベストメントは1998年に早稲田から誕生した、日本初の大学発・独立系資産運用会社です。Power DiamondやNanoQT、エキュメノポリスなど複数の企業がこれらのVCから出資を受けており、大型の資金調達を受けた大学発スタートアップの件数は年々増えています。
また、早稲田大学では、学内の研究シーズを活用するために、「早稲田PoCファンド」というギャップファンドを運用しています。このファンドは、もともとJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)と連携して進めていた取り組みを、ウエルインベストメント、Beyond Next Venturesなどの外部組織と連携しながら、早稲田大学独自の取り組みとして発展的に継続実施しているものです。
アントレプレナーシップセンターから生まれたスタートアップでIPOを果たしたのは、株式会社ユーザーローカル、株式会社リブセンス、ANYCOLOR株式会社の3社です。ディープテックに関してはこれから期待したいところです。海外での資金調達に成功するなど,世界を舞台に活動するスタートアップが誕生してきています。

早稲田大学にて。石井氏(左側)と、インタビュアーの藤岡(右側)
人を大きく成長させる“起業”という経験の素晴らしさ
石井さんが早稲田大学にて研究者、起業を経てスタートアップ支援に関わるようになった背景について教えてください。
私は1998年に早稲田大学機械工学科に入学し、それからずっとロボット研究に携わってきました。簡単に言えば、ロボットオタク。ロボットオタクの親玉だと思っています。
学生時代から私の変わらぬ思いは「社会に役立つロボットを作りたい」ということ。産学連携の中で研究成果が実用化されることを期待し、いくつかは実際に実用化されました。日の目を見なかったロボットたちもたくさんいます。産学連携ではどうしても自分だけでは決められないことが多く、外的要因に左右される難しさを感じていました。
そんな中、JSTのスタート事業に採択されたのが2015年のことです。その後ベンチャーキャピタルとの出会いがあり資金調達の目途がついたことで、2018年にGenicsを創業しました。ロボット技術を活用した全自動歯ブラシを開発するスタートアップで、当時大学院生だった栄田が社長になりました。
彼が人としても目覚ましい成長を遂げるのを目の当たりにして、「起業は素晴らしい、誰もが一度は経験すべきだ」と思いました。
私もあと10歳若かったら社長をやってみたかったなと思います。それくらい彼の成長ぶりには驚かされるものがありました。彼があそこまで成長できた理由は「経営者になって研究が自分事になった」からではないでしょうか。
大学の研究室には、受け身で研究に取り組む大学院生も少なからずいるように思います。それが起業して自分がやるとなった瞬間に自分事になり、自分が成長した分だけ会社も成長していくという好循環が生まれる。そこがスタートアップの面白いところだと私は思います。
会社設立前は、彼とはよくぶつかりました。私は結構慎重なタイプですが、一方で彼は勢いよく進めていくタイプなので、意見が合わずしょっちゅう衝突していました。
そうした性格の違いを乗り越えて今でも一緒にやれているのは、目指している最終ゴールが同じだから。彼も私もロボットが好きで、ロボットが日常生活を変える、ロボットが日常生活をより良くするという未来を信じている。何としても実現したいという思いを共有しているからこそ、いつまでも一緒にやれているのだと思います。
スタートアップの敷居は思うほど高くない
そして2024年、前センター長である柴山先生が定年退職されたのを受け、私が後任に指名されました。その時に、柴山先生から言われました。「アントレプレナーシップセンターを使って実際に起業した君なら、いいところも悪いところも分かっているはずだ。ここをどう活用すれば君のようなアントレプレナーが増えるのか、それを君自身で考えてくれ」と。
早稲田大学には「研究を社会に役立てる」という考え方が浸透しています。私も学生の頃から、「論文を書いて終わりじゃ駄目だ。理論ももちろん大事だが、それが社会の何の役に立つのかきちんと考えているか?」とよく言われました。ここに、私がスタートアップに取り組む最大のモチベーションがあります。
センター長としての私の重要な役割は、スタートアップの文化を作ることです。スタートアップの経験者として、スタートアップの良さをもっと知ってもらいたい。少しずつ増えてきてはいるものの、特にディープテックの担い手になるような理工系の先生の中で、起業している人はまだ多くありません。センター長になって以来「敷居は思うほど高くないから、まずは1つやってみましょう」というメッセージを伝え続けていて、ようやく少しずつ認知されてきたかなと思っています。
起業家をサポートする立場として私が心がけているのは、教員と大学院生それぞれの立場を理解することです。私自身がアントレプレナーシップセンターの卒業生であり、教員でもあります。双方に共感しながら、その人にとって最適な情報や支援を届けることを常に心がけています。
現在はアントレプレナーシップセンター長として起業の素晴らしさを伝えられる立場になり、大きなやりがいを感じています。
“熱量とカルチャー”に触れられるのが早稲田の魅力
早稲田ディープテック・スタートアップの特徴、将来性(ポテンシャル)・世界からみた強み、について教えてください。
総合大学である早稲田は多様性が大きな強みです。理工学部だけでなく、所沢にある人間科学部やスポーツ科学部、文系キャンパスにもディープテックにつながる多様な分野の先生方がいらっしゃるので、ユニークさやオンリーワンという視点で勝負できる先生方にお声がけするようにしています。
特定の分野にこだわりはありませんが、ディープテック分野は今後、特に注力していきたい領域です。これから新しいスタートアップが生まれる可能性が大いにあり、積極的に発掘していきたいと考えています。
早稲田発スタートアップで働く魅力は、早稲田の“カルチャー”に触れられることかもしれません。早稲田は卒業生も含めて学生数が非常に多いので、早稲田で1つの文化が形成されているように感じます。自分で自分の未来を切り開き理想を具現化する、そういうことを考えている人が多く、そうした人たちと一緒に働けることが魅力的です。
早稲田出身でなくてもそうした価値観に共感できる方であれば、早稲田発のスタートアップに加わることで早稲田らしい一体感や雰囲気を感じられると思います。
もう一つの魅力は、“熱量”ではないかと思います。早稲田には熱量が高い人が多く、大学全体に活気があります。大学生だけでなく、卒業生や周辺のスタートアップも熱量が高い。その早稲田に身を置いて、皆の情熱とぶつかり合うことで、自分の情熱もさらに燃え上がると思います。こういう文化があるのは、理念がしっかりしていて歴史が長いことと、付属校もあるので文化づくりがうまくできているのだろうと思います。

WASEDA Startup Lounge:2022年12月にアントレプレナーシップセンター内に開設した、起業支援のためのコワーキングスペース
未来を自ら創るCxOを幅広い分野から見つけたい
早稲田発ディープテック・スタートアップの課題はなんでしょうか?
ビジネス系人材やCxO候補がまだまだ不足していることが一番の課題です。これを解決するために、ディープテック分野で人のエコシステムを作る取り組みを重点的に進めています。理工学部だけでなく政治経済学部や商学部、国際教養学部の学生や研究者がディープテックに触れる機会を増やしているところです。
ディープテックに限らず、スタートアップに向いているのは「自分で新しい未来を創りたい人」だと思います。「未来を創る」という言葉を聞いて、ピンとくる人。未来を自分の手で創りたいという熱い思いを持っている人。
早稲田の校歌に「久遠の理想」という言葉が出てくるんですが、久遠の理想を追うことを恥ずかしがらず是とし、「これが俺の生きざまだ」と堂々と言えるような人。照れながら言うのではなく、「いや、俺はこれやりたいんだ」と言える人が向いてると思います。
「無から有を生み出す」経験をスタートアップで
最後に石井さんから、早稲田ディープテック・スタートアップで働こうと考える人へメッセージをお願いします。
「自分が作りたい未来は自分の手で作る」という気持ちを持って、最後までやり遂げてほしいと思います。スタートアップの魅力は個人の成長と会社の成長が完全にリンクするところ。自分の成長を直接実感したいならスタートアップです。成長意欲があって、成長を実感しながらキャリアを磨き、ビジネスパーソンとして成功したいと思っているなら、ディープテックスタートアップで働くのが最も良い選択だと思います。
会社が大きく成長したときには、大企業では得られない大きなやりがいを感じられるはずです。「自分が頑張ったから会社が成長した」と胸を張って言える人は多くないのではないでしょうか。無から有を生み出す経験を、ぜひスタートアップで体感してください。
貴重なお話、ありがとうございました。

早稲田大学 アントレプレナーシップセンター
https://www.waseda.jp/inst/entrepreneur/
≪事業概要≫
◆起業家教育(グローバルエデュケーションセンターのビジネスクリエーションコース(BCC)科目、各種セミナー・プログラムの実施)
◆早稲田PoCファンドプログラム(事業化に向けた仮説検証のためのギャップファンドプログラム)
◆起業活動支援*(法人登記可能な事業拠点としてのアントレプレナーシップセンター施設利用、ネットワーキング、弁護士、公認会計士をはじめとする専門家による起業・経営相談)