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2025ビジョンとして「魅力的な仕事の創出と産学連携による経済成長」を掲げている神戸市。2016年からスタートアップ支援を始め、産官学連携のもと包括的な支援事業を行っています。支援活動の拠点のひとつになっているのは、阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた経済を立て直すため人口島のポートアイランドに整備された神戸医療産業都市。いまや日本最大級のバイオメディカルクラスターに成長し、ライフサイエンス系のスタートアップが多く集まっています。
神戸市でイノベーション専門官として働く福田志織氏にインタビューを実施。スタートアップ支援におけるミッションや取り組み内容、神戸のディープテック分野で働く魅力さなどを伺いました。東京から移住して双子を育てながら働く立場から、子育て環境など神戸の暮らしやすさについてもお話いただきました。

イノベーション専門官
福田 志織氏
2011年4月、大手シンクタンクへ入社し、官公庁を顧客としたコンサルティング業務や、自治体・スタートアップと連携した法人向け事業企画を経験。その後、米国系スタートアップ企業へ転職し、フルリモート勤務にて経営企画やプロダクトマネジメントに従事。2023年8月より神戸市へ。
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≪事業概要≫
「神戸から、世界の人々の毎日をより健康で豊かにする」というミッションを掲げ、スタートアップ支援、イノベーション創出支援を行う。
- 目次 -
スタートアップと協働で地域課題解決に取り組む
まず、神戸市のミッションやスタートアップ支援の取り組み、実績について教えてください。
起業に関心のある学生さんのコミュニティ形成から、アイディアを実際に事業にしていく支援、事業成長支援、資金調達や海外展開支援まで、スタートアップのフェーズに応じた切れ目のない支援を行っています。
また、スタートアップの活躍には、スタートアップを支え協業する地域エコシステムが欠かせません。そこで、優れた技術を持つスタートアップと、新規事業や課題解決の種地域企業や行政機関をつなぐことも私たちの大事な役割です。
そのために日頃から、各スタートアップがどのような事業を行っており、どのような課題を感じているか把握するよう努めています。同時に、地域の企業の課題感やスタートアップとの連携ニーズなどについても頻繁にお話を聞くよう努めています。
神戸市は2016年にスタートアップ支援を開始しました。これは全国的にみてもかなり早いタイミングで、当時は珍しかったのではないでしょうか。世界的VCである500 Globalと合同アクセラレーションプログラムを始めたのがきっかけです。このプログラムはコロナ禍でオンライン実施となり、現在は終了していますが、日本を含め世界中のスタートアップが参加してくれました。
2017年頃からは官民連携にも注力し始め、Urban Innovation Kobeと銘打って、行政の中の課題にスタートアップと協働して取り組むプログラムを始めました。庁内で募集した行政・地域課題について共同で取り組んでくれるスタートアップを募集し、採択されたスタートアップの技術を使った実証実験を行います。
通常、行政から民間企業への発注はプロポーザルや入札の形をとり、それらによらない随意契約は100万円未満のケースに限られるのですが、この実証実験で良い結果が得られた場合、地方自治法施行令の規定に基づく随意契約等の方法を活用し、100万円を超えていても翌年度、各所管部署とスタートアップとの間で随意契約を行い、社会実装を行うことができます。
2023年度までに54件の課題に取り組み、課題解決率(実証実験成功率)は93%、翌年度以降の継続利用率は66%です。最近は官民連携からもう少し踏み込んで、スタートアップと地域企業という民間と民間による課題解決についても、行政としてスタートアップと企業をつないだり、実証実験の設計をサポートしたりといった支援を行っています。
神戸市としてさまざまな取り組みを行う中で、私は主に海外連携を担当していて、国内スタートアップの海外展開支援や、日本進出に関心のある海外スタートアップの誘致、海外スタートアップと地域企業とのビジネスマッチングなどに取り組んでいます。
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アンカー神戸内オフィスにて撮影
スタートアップビジネスの力に感銘を受けて
福田さんの略歴や神戸市でスタートアップ支援に携わるようになった背景を教えてください。
大学・大学院在籍時に教育社会学を専攻して社会調査を多く行っていたこともあり、新卒でシンクタンクに入社し、福祉や雇用に関する調査研究や官公庁向けのコンサルティング業務に就きました。具体的には、国内外の雇用や福祉制度・現状に関する調査研究、官公庁向けのコンサルティング、行政のモデル事業の事務局運営などですね。
調査やコンサルティングというと何だか現場から遠いイメージがあると思うのですが、自分としては、福祉や雇用の現場と官公庁をつなぐ役割と認識していて、日本全国でいろいろな方にヒアリングして現状を調査し報告したり、労働関連法の改正時には、周知のために各地でシンポジウムを開いたり、福祉関連の新法が制定されたときには、その法の精神が現場のオペレーションに落とし込まれるためのツール作成なども行っていました。元々福祉や労働の領域を中心に社会課題解決に興味があって、大学では教育社会学を専攻していました。ビジネスにはあまり興味が持てず、通常の事業会社ではなく公共事業ができるシンクタンクに就職しました。
でも、それらの仕事に携わる中で、ビジネス(事業)を通じた社会課題解決に取り組む方々にお会いするようになりました。行政(法制度)による社会課題解決はもちろん重要なのですが、法制度による社会課題解決では広く平等にというのが基本であり、かつ公費を使うために社会的な合意形成のプロセスも必要となるため時間がかかるという制約があります。なので、特定の課題にピンポイントでスピーディーに取り組み、かつスケールさせていくソーシャルビジネスには感銘を受けましたね。
2016年に、家族の都合でニューヨークに移りました。専業主婦のつもりでしたが暇すぎて1カ月で耐えられなくなり、日本語ができる人材を募集するインターンの求人を見つけて働き始めました。それが創業したてのスタートアップで、私は日本とアメリカをつなぎながら、ほぼ1からサプライチェーンを構築していく役割を担いました。
当時はまだ日本ではスタートアップという言葉が今ほど一般的ではありませんでしたが、ニューヨークではシリコンバレーに続くスタートアップエコシステムをつくる動きが出てきていました。
シェアオフィスでスタートアップ同士の横のつながりを積極的につくり、そのコミュニティ内で知見や人を紹介し合ったり、スタートアップを専門的に支援する法務や人事の専門家がいたりと、企業という枠を超え、街の中でスタートアップやその周辺のアクターが有機的につながり機能している様子が、大企業での経験しかなかった私にはとても新鮮でした。
そこで1年ほど働いて帰国し、そのタイミングで神戸に移住しました。神戸に住みながらフルリモートという形で以前いたシンクタンクに復職してまた数年働いたのですが、その後、ニューヨークで勤めていたスタートアップが資金調達を行ったタイミングで、そのスタートアップの日本法人に転職し、経営企画やプロダクトマネジメントなどを担うようになりました。
しばらくそこで働いていたのですが、家族と暮らすうちに神戸への愛着が増して、長い人生のうち一度くらいは神戸の組織で神戸のために働いてみたいという気持ちが生まれてきました。そんなときに神戸市役所がイノベーション専門官を募集していることを知り、応募しました。
スタートアップ支援に興味がありましたし、シンクタンクやスタートアップでの勤務経験、また日本と海外をつないだ仕事の経験を活かせるポジションかなと思いました。それで、2023年8月に入庁しました。
スケールの大きな技術を持つスタートアップが事業規模を拡大
神戸市のディープテックスタートアップの特徴や魅力について教えてください。
神戸のディープテックスタートアップを語る上で外せないのは、神戸医療産業都市の存在です。30年前の阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸の経済を立て直すため、震災復興事業としてその構想が始まり、ポートアイランドという人工島に、今では約370の先端医療の研究機関、高度専門病院、企業や大学が集積する日本最大のバイオメディカルクラスターとなっています。
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インタビューの様子:福田氏(右側)とインタビュアーの藤岡(左側)。神戸三宮阪急ビル15階にあるアンカー神戸は眺望もアクセスも良い
ライフサイエンスやバイオ、創薬といった分野のスタートアップが多く、スタートアップ向けのシェアラボもあります。未来を支えるスケールの大きい技術を持ったスタートアップが多いですね。
バイオ技術を使って新しい素材を作ることもできますし、今後は必ずしも医療やヘルスケア領域にとどまらない、世界を変えるスタートアップが生まれてくるでしょう。また、医療産業都市以外でも、画期的な技術やアイディアを持ったスタートアップがどんどん生まれてきています。
みなさん海外志向が強く、すでに海外進出しているスタートアップもあります。特にディープテックの場合は、地球規模課題や人類普遍的な課題に取り組んでいるケースも多いので、自然な流れとして海外を志向するスタートアップが多いですね。
コンパクトな街だから生まれる、顔の見える関係性と活発なつなぎ合い
働く環境や仕事の進め方など、神戸市のディープテックスタートアップで働く魅力はどんなところだと思われますか?
神戸市は人口およそ150万人とコンパクトな都市です。医療産業都市には約370の企業や研究機関等が集積していますし、ひょうご・神戸スタートアップコンソーシアムという兵庫県・神戸市および地域の企業・団体がつくったスタートアップ支援ネットワークには、約60の企業や団体が加盟しており、それぞれの団体が自発的にスタートアップ支援の事業やイベントを実施しています。
こうした環境だと自然と顔の見える関係になるため、相互のつなぎ合いが非常に活発です。これは、コンパクトなスタートアップエコシステムならではの魅力ではないかと思います。また、港町として発展してきた神戸市には、外から新しいものを受け入れ、取り入れる土壌があります。ディープテック界隈で面白いことをしている人たちの中にも、神戸が気に入って他所から移り住んできた人もたくさんいます。
神戸市スタートアップ・ディープテックの課題は?
神戸に限ったことではないと思いますが、各スタートアップが持つ素晴らしい技術をどんな風に社会実装し、どうやって利益を上げていくか、その部分で悩む声をよく聞きます。いろいろな分野で応用できる技術だからこそ、まずどこに軸足を置くか、限られた資源をどこに集中投下するか、大企業とは異なる戦略が必要になってくるのだと思います。
次に時間軸の違いです。ディープテックの場合は初期の開発コストが相当かかり、また、一般的なVCのファンドが定める10年という償還期限では合わない企業も多いです。独立系のVCから調達をせず将来的な事業提携も見据えて事業会社からの直接投資やCVCを通じた調達に限っているスタートアップもあるようです。
そして、技術職ではない方の採用です。ディープテックスタートアップの場合、技術職・研究職の方に対しては、その技術の先進性をPRすることで人材を集めることができる一方、経営企画や財務といった、今後さらなる資金調達や事業拡大を進める上で必要となるビジネス系人材の採用に苦労しているという話をよく聞きます。東京から離れた地であることがネックになっている他、技術職・研究職ではない方に対し、自社の魅力をうまく伝えるのが難しいという面もあるように思います。
神戸は職住近接で暮らしやすく、多様性を認め合える環境
神戸市のディープテックスタートアップで働く人が知っておくべきこと、覚悟しておくといいことなどはありますか?
強いて言うなら、小さなコミュニティを息苦しく感じる方には向かないかもしれません(小さいといっても、神戸市は人口150万人なので、小さすぎるわけではないですが)。あとは神戸に限ったことではありませんが、スタートアップだと状況変化が激しく、また人員も少ないので、想定外の業務をやらなければいけないことがありますよね。
大企業に勤めていたときはそれぞれの業務担当者がやってくださっていたことも、自分でやらなければいけなかったりして。それで起こる「この職種で入ったのに」「営業をやるとは聞いていなかった」「こんな細かい業務まで自分がやらないといけないのか」といったケースはありますね。これを「ミスマッチ」と捉えるタイプの人、想定外の業務を楽しめない人は、スタートアップにはあまり向かないかもしれません。
家族での移住を検討されている方に、子育て環境などについてアドバイスなどはありますか?
神戸は港町として発展した多様性のある地域で、海外から移住された方も多いです。インド系、ベトナム系、中国系などさまざまなコミュニティがあり、国籍や肌の色が異なる子も、地域の中で自然に暮らしています。
私は双子の子供達を育てているのですが、神戸の子育て環境はすごく良いです。自分の実家が遠方にある中でフルタイムで働いていますが、それでも双子を育てられているのは、職住近接の神戸だからだと思います。必要なものが徒歩圏にそろうこのコンパクトな神戸だから、みなさんに助けられつつ、なんとかできています。
かつては東京で暮らしていたので、「東京だったら、どちらかが仕事を辞めないと双子は無理だったよね」と夫と話しています。コンパクトな街なので、子どもが遊びやすい場所が近くにあり、また車で少し移動するだけですぐに自然たっぷりな場所でハイキングできますし、海もすぐです。自然が近い一方で都市の利便性も享受できますし、治安も良いです。通勤時間や家賃などいろいろな面で暮らしやすく、働きやすいと思います。
神戸市のディープテックスタートアップで働こうと考える人へメッセージをお願いします。
神戸には、海外展開など今後面白いフェーズに入っていくスタートアップが多くあります。本当にポテンシャルの高いところばかりなので、これまで東京など他地域で経験を積んでこられた方にジョインいただき、それをより加速していただければと思います。UターンやIターンを考えていらっしゃる方にとっても、スタートアップは神戸ないし関西で働く選択肢のひとつとして非常に面白いです。採用活動に力を入れている企業は非常に多いので、是非一度いらして雰囲気などを見て前向きにご検討ください。
震災を機に生まれた神戸医療産業都市が、狙いどおり神戸市の経済を支える柱のひとつとなり、有望なスタートアップをも支えているのですね。これからの取り組みにも注目しています。本日はありがとうございました。
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≪事業概要≫
「神戸から、世界の人々の毎日をより健康で豊かにする」というミッションを掲げ、スタートアップ支援、イノベーション創出支援を行う。