【CEOインタビュー】「世界を1ミリでも良くして死ぬ」。難民研究、コンサルを経て起業家へ──Kukulcanが“捨てられる価値”に光をあてるまで

株式会社Kukulcan代表取締役 ホン リナ氏

「食べ物が捨てられる社会は、人も動物も“使い捨て”にする価値観と繋がっている」。

そう語るのは、株式会社Kukulcan(ククルカン)代表取締役のホンリナ氏だ。同志社大学大学院の博士課程で移民・難民の研究をしながら 、規格外野菜など“捨てられる農作物”を価値に変えるアグリテック事業を展開している。

NGOからキャリアをスタートし、アクセンチュア、LITALICOといった大手企業・ベンチャー企業を経て 、再び研究者の道へ。そして今、起業家として走る。その異色のキャリアの根底には、幼少期に抱いた強烈な問題意識と、中学生で感じた「世界を1ミリでも良くして死ぬ」という想いであった。

彼女を突き動かすものは何か。なぜ、難民研究からアグリテック事業に行き着いたのか。その軌跡と、彼女が見据える「資本主義の次の世界」 について伺った。

ホン リナ氏

代表取締役
ホン リナ氏

大阪府出身。立命館大学を卒業後、Academy of Korean Studies修了。文化人類学。
NGO専従職員、Accenture、LITALICOを経てKukulcanを創業。同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科博士後期課程在籍。日韓バイリンガル。日本における一時産業の衰退と食糧自給、外国人労働問題、文化と技術継承といった諸問題への課題意識が強い。何でもよく食べる。

【座右の銘】学ぶことは社会的責任を負うということ。

株式会社Kukulcan

株式会社Kukulcan
https://kukulcan.biz/

設立
2024年02月

農業支援AIの開発及び農作物調達プラットフォームの構築

「なぜ私はここで生きてるんだっけ」原体験となった祖母の存在と、葛藤を抱えた幼少期

スタクラ:

── まずホンさんの幼少期についてお伺いしたいです。

株式会社Kukulcan 代表取締役 ホン リナ氏(以下敬称略):

育ててくれた祖母は戦前生まれの韓国人で 、日本で暮らしていましたが、日本語が全く話せませんでした 。戦前生まれの女性だったこともあり教育を受ける機会がなく、文字の読み書きもできず、数字も両手の指で数えられるまでしか分からなかった。それでも、たくましく生きてきた祖母の生き様は、私の中に強く残っています。

ただ、幼少期は本当に暗い子供でした。自分でも「暗黒時代ですね」と振り返るほどですね(笑)。

スタクラ:

──今の明るい印象からは想像がつきません…

ホン リナ:

家族の都合で国内外の転勤が多く 、小学校も何度も変わりました。友達ができても「どうせすぐ別れるし」と心を閉ざすような考えになり、積極的な子供だったとは言えないですね。

外国人なので、日本では「なぜ自分は他の人と違うんだろう」 「なぜおばあちゃんは日本語が喋れないんだろう」 と常に問い続けていました。集団にうまく馴染めず、「自分はここにいてはいけないんじゃないか」 とさえ感じていました。

常に「なぜ私はここでこう生きてるんだっけ」という自分であれない感覚、アイデンティティクライシスを抱えていたんです。

そんな葛藤と日々自分自身で自問自答をしていたのですが、中学2年生のときに「私は、世界を1ミリでも良くして死のう」と心に決めたんです。私以降の世代に、私と同じような思いをさせないと。それが私の全ての行動の原点になっています。

社会を“良くする”方法を求めて。NGO、コンサル、事業会社、そして大学院へ

スタクラ:

──これまでどのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか?

ホン リナ:

修士を出て、まずはNGOに入ったんです。資本にとらわれず、社会に価値を見出せる働き方ができると思ったから。 でも、現実は補助金関連の事務作業などに多くの時間を費やす日々でした。現場で感じた課題を解決するまでの道が果てしなく、途方に暮れたり理想とのギャップに悩むことも多く、疲弊してしまったんです。

そんな時、縁あってアクセンチュアに入社しました 。コンサルタントの仕事は全く分かりませんでしたが(笑) 、グローバルプロジェクトで東南アジアに行けるのが魅力的でしたね。

そこでの経験は衝撃的でした。しっかりとお金も人も動き、顧客に対して価値を提供している実感があった。その後、LITALICOという事業会社に移りましたが 、そこでも自分の働きで地域が盛り上がる様子を見ることができました。

NGO、アクセンチュア、LITALICOでの経験を通して、「社会的な課題解決は、必ずしもNPO(非営利)でなくてもいい。資本の力を使い、大きく価値を見出していくことができるんだ」と学びました。そこから再び研究の世界に戻り、同志社大学大学院の博士後期課程に社会人入学し、移民・難民、強制移動の研究を再開しました。

「私が社長になればいい」研究者だった彼女を起業に突き動かした、ある難民との出会い

スタクラ:

──なぜ、順調なキャリアから再び研究の道を選んだのでしょうか。

ホン リナ:

社会課題を解決するためには、やはりアカデミックな知見が必要だと感じたからです。ただ、そこでまた新たな葛藤が生まれました。

研究者として血みどろになりながら論文を書いても、「この論文は100年後に何人に読まれるんだろう」 「結局、目の前の1人を救えない」 と。

その葛藤を決定的にしたのが、研究中に出会ったある難民の方の存在でした。日本に住んでいましたがビザがなく、無国籍。お父様が癌で余命わずかだったのに、無国籍状態なので仕事を得ることができず、そのためにビザが更新できない、第三国に行かなければいけないという状況でした。結果、お父様の死に目に会えなかったんです。

働きたいと切望している人がいるのに、なぜ日本では彼を留めることができないのか。その時、ふと思ったんです。「私が社長になって、ビザを出せばいいじゃないか」と、私がそういった方々を働ける環境を用意できるようになれればと。

それが、起業を志したきっかけです。移民・難民の雇用問題の解決から考え、そのソリューションとして、「働きたい人」と「働き手が必要な場所」を繋ぐことを考え、アクセラレーションプログラムに参加 し、そこで「農業」という領域に行き着きました。

 

アグリテックの洗礼と「代表失格」の苦悩。転機となったメンターの言葉

スタクラ:

──創業して、どのような壁にぶつかりましたか?

ホン リナ:

結局、人のところが大変だったと思います。 もともと社長になりたかったわけでも、スタートアップがやりたかったわけでもありません。ただ、目の前の課題を解決したいという目的のために、その力もないのに「代表」と名乗っていました。

「私なんてポンコツなのに」という思いが、どうしても態度ににじみ出てしまうんです。そうすると、その不安はメンバーにも伝播していったのを感じていました。上手く組織化ができず、1人葛藤をしながら過ごしていました。

スタクラ:

──その苦しい状況を、どうやって乗り越えたのですか。

ホン リナ:

転機は、経産省によるJ-StarX 女性起業家プログラムに選抜されたことです。「私なんてポンコツなのに」と悩み続けていた私に、プログラムの運営であり、米国Women’s Startup Lab創業者である堀江愛利氏がこう言ったんです。

「あなたが『自分はできない』ことで悩んでいる時間があったら、あなたが助けないといけない何千何万の農家さんのことを考えろ。『できない』を言い訳にするな」と。

その言葉に、目が覚めました。本当にその通りだなと 。それからは「自分はできない」と悩むのをやめました。この課題を解決するために、1日でも早く価値を届けることにフォーカスしようと決めたら、すごく楽になりましたね。

不思議なことに、自分のその「モジモジした感じ」が消えたら、初期に集まってきたようなタイプの人たちは全く来なくなりました 。今は、私が目指していることに深い理解や興味を持って関わってくれる方々がだんだん増えてきて、それがとても嬉しいです。

“捨てられる野菜”から“捨てられる人”へ。Kukulcanが描く「資本主義の次の世界」

スタクラ:

──事業としての難しさなどはいかがでしょうか?

ホン リナ:

アグリテック特有の「成長サイクルの壁」です。創業して初めて気づいたんですが、アグリテックって成長のタイミングが年に1回しかないんです。

例えばイチゴの規格外品は春にしか出ない。そこをめがけて成長するしかない。年に1回悠長に成長していたら、IPOまでの時間を逆算すると間に合わないし、資金もあっという間に底を尽きてしまう 。この現実に気づいて苦しくなりました。

スタクラ:

──その課題をどう乗り越えようとしているのですか?

ホン リナ:

モデルとしては、「二つビジネスを走らせる」形を取りました 。 本来やりたいシステム開発は、時間がかかり年に1回しか成長の機会がない。それとは別に、まずは規格外品や加工品を自分たちで販売したり、イベントを行ったりすることで、目の前の収益源を確保し、大企業との協業関係で「生きていける」状態を作ったんです。

アグリテックという領域で“屍”にならず生き残るためには必要な戦略でした。

スタクラ:

──「浅草のいちご祭り」も、そうした取り組み(事業)の一つですか?

ホン リナ:

最初は福島県の規格外イチゴを、2回目は佐賀県のイチゴを使って開催しました。面白かったのは、2回目の佐賀県の案件です。私たちは農家さんの課題解決にフォーカスしていただけなんですが、その農家さんがJAに話し、JAが県庁に話を通してくれて、最終的に佐賀県庁とのタイアップに繋がったんです。

「価値」にフォーカスしていれば、おのずと道は拓けていくものだと学びましたね。

スタクラ:

──Kukulcanが描く、今後の未来について教えてください。

ホン リナ:

まず、目の前の「廃棄を価値に」という課題を解決します。ですが、私たちの目標はそれだけではありません。

食べ物を捨てるという行為は、この社会が人や動物に対してもっている「使い捨て」の価値観と繋がっていると感じています。

一つの野菜への取り扱い方を変えていくことが、いずれ人や自然に対する価値観の変容に繋がったらいいなと。それが次の大きな野望です。

最終的には、私が元々やりたかった「人」の課題解決に価値を転じていかなければならない。これは、資本主義の次の世界を目指すための、壮大な社会実験だと思っています。

スタクラ:

──最後に、この記事を読む読者へメッセージをお願いします。

ホン リナ:

私たちが目指すのはグローバルですが、それを実現するためには、ローカルにいる顔の見える「ある一人」との関わりを何より大事にしなければなりません。

スキルや農業の経験は問いません 。それよりも、地方の農家さん一人ひとりへのリスペクトを持ち 、常に「なぜ」と思考することをやめない力がある方。そんな、ローカルからグローバルへの循環をともに歩んでいただける方と、ぜひ出会いたいと思っています。

この記事を書いた人

KiyotoHiroki


Hiroki Kiyoto

大学卒業後、新卒で大和ハウス工業株式会社に入社。 個人・法人営業に従事した後、プログラミングスクールを運営しているスタートアップに転職。 複数のスタートアップ企業にて新規事業開発・ビジネスサイドのマネージャーなどを経験し、現在はスタートアップクラスにて、スタートアップ企業 / スタートアップを目指す候補者の支援に従事。 座右の名は「因果応報」、よい行いをすればよい報いがある。

株式会社Kukulcan

株式会社Kukulcan
https://kukulcan.biz/

設立
2024年02月

農業支援AIの開発及び農作物調達プラットフォームの構築