失明リスクを減らしたい―眼科疾患に挑む、エピジェネティクス創薬研究

福井大学学術研究院工学系部門 生物応用化学講座 教授 沖 昌也氏

「すべての人が、見える未来をつくる」が合言葉

スタクラ:

スタートアップを自ら立ち上げる理由は何でしょうか?

沖 昌也:

「長年の研究成果であるこの薬を、自分たちの手で、世界中の本当に困っている人たちに届けたい」と思ったからです。このプロジェクトのスローガンは、「すべての人が、見える未来をつくる」。
注射薬すら使えない途上国の失明率はとても高く、QOLの低下を招いています。この点眼薬があれば、発展途上国でも、糖尿病網膜症による失明を防ぐことができます。
「Z3-5」は、私をはじめとする研究者が心血を注いで育てた我が子のようなもの。愛着も深いので、本当に薬が必要な人に届くようにしたいと思い、スタートアップを立ち上げることにしました。

プロジェクトを共に進めている福井大学医学部眼科学領域の高村佳弘准教授は、実は高校の同じクラスの同級生で、先行する白内障の点眼薬の研究にも一緒に取り組んだ仲間です。他にも大阪大学 産業科学研究所の鈴木孝禎教授や、岐阜薬科大学 薬学部の中村信介准教授、事業化推進機関として株式会社ビジョンインキュベイトなど、この分野の知見と経験を持つ同志が集まり、着実に前進しています。

“一卵性双子の不思議”から研究に目覚める

スタクラ:

エピジェネティクスに興味を持ったきっかけは何でしょうか?

沖 昌也:

小学生の頃、「一卵性の双子はDNAが全く一緒で見た目は同じはずなのに、自然と見分けがつくようになるのはどうしてなんだろう?」と不思議に思いました。身長や体重、見た目はほとんど同じなのに、なぜか利き手だけが違う双子もいます。

これは、利き手はDNAに刷り込まれた情報ではなく、後天的に起こった変化だということを表しています。一卵性の双子が、社会に出て異なる環境に置かれた途端、個性の違いが大きくなっていくのも、エピジェネティクス制御の違いが原因です。

がんも半分は遺伝性ですが、半分は後天的なものです。エピジェネティクスでいま一番進んでいるのは、がんの治療薬の研究です。精神疾患の研究もかなり進んでいます。私がアメリカに留学したのは、ちょうどエピジェネティクスが理論ではなく実験の対象になり始めた頃でした。

いつも人との出会いに支えられてきた研究人生

スタクラ:

これまでの研究を通じて辛かったこと、どのような研究の壁を乗り越えて来たか、について教えて下さい。

沖 昌也:

研究は苦難の連続です。まだ誰もやっていない分野でスクリーニングを繰り返す、泥臭い実験をひたすらやるのが結構好きなのですが、うまくいくことなんてほとんどありません。

博士後期課程で富山から九州へ進学したときも、3年で絶対に学位を取ろうと夜寝る間も惜しんで研究を続けたのに、1年間で結果が一つも出せず悩みました。

当時取り組んでいたのは、温度感受性変異株の相補実験(※)というものです。ある温度で機能しなくなる温度感受性変異株に遺伝子ライブラリーを導入することで目的とする遺伝子の機能を特定するのですが、この変異体がなかなか取れませんでした。
「こんなに続けてきたけど、もうダメかもしれない…」とくじけそうになったとき、たまたま学会で知り合った研究者からアドバイスをもらい、その通りに行ったところ、1年かけてもできなかったことが、なんと1週間でできたのです。アメリカ留学時代もスクリーニングがうまくいかなくて何度も悩みましたが、この時も助けてくれたのは研究者仲間でした。

自分と同じように悩みながら研究を続けている人がたくさんいて、悩みや課題を乗り越えた研究者もたくさんいる。だから、悩んだら迷わず相談してアドバイスをもらう。私はそうやって困難を乗り越えていくタイプなのだと思います。

思えば、いつも必要なときに私にアドバイスをくれたり、応援したりしてくれる人に巡り会いました。エピジェネティクスの途中過程を観察する独自システムを酵母菌を使って開発した際も、JSTの審査員が研究の有用性を理解してくれて、私を後押ししてくれました。自分は本当に運が良いなと思います。

※温度感受性変異株の相補実験:特定の温度で機能しなくなる遺伝子変異体(温度感受性変異株)を利用して、目的の遺伝子の働きを特定する実験手法

福井大学文京キャンパス正門からの風景。秋には銀杏並木が鮮やかな黄色に染まる。駅からのアクセスも良く、研究に集中できる環境

この記事を書いた人

スタクラ編集部


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