
名古屋駅近くに誕生した「なごのキャンパス」は、地域の持つ潜在力を活用しながら、スタートアップやベンチャー企業を多角的に支援する新しいインキュベーション施設です。かつて小学校だった建物をリノベーションし、「名古屋市の次の100年を育てる場」として生まれ変わりました。
今回お話を伺ったのは、株式会社LEOの代表取締役であり、「なごのキャンパス」プロデューサーの粟生万琴氏。彼女のリーダーシップのもと、地域とスタートアップをつなぐ新しい取り組みが次々と実現しています。
「なごのキャンパス」では、名古屋商工会議所との連携や独自のコミュニティ形成を通じて、スタートアップの起業前から成長後までのサポートに加え、スタートアップと事業会社、中小企業のネットワーキングなど幅広くサポート。さらに、地域イベントや子ども向けの「起業家たまご塾」などを通じて、地域社会との共生を図っています。

企画運営プロデューサー 株式会社LEO 代表取締役
粟生 万琴氏
エンジニアとしてソフトウェア開発に従事した後、パソナグループにて社内ベンチャーを立ち上げ、Webアプリ開発に特化した事業を手掛ける。TECHカンパニー女性初の役員に就任、イントレプレナーとして自社WEBサービス事業分社、産官学連携スタートアップ推進プロジェクト責任者として従事。
2016年 関西発AIベンチャー、株式会社エクサインテリジェンス(現 株式会社エクサウィザーズ)創業 取締役COOを経て株式会社LEOを第2創業。ZIP-FM「Startup [N]」のナビゲーター、武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部教授、名古屋大学 産学官連携 客員准教授他、豊田合成株式会社 社外取締役、株式会社Acompany 社外取締役。
自社の事業として2021年4月に共創の場~CO CREATION SPACE~AOU no MORI(三重県菰野町)、2022年6月にNAGONO WORK BAR & SAUNA(名古屋市西区)をOPEN。

なごのキャンパス
https://nagono-campus.jp/
≪VISION≫
名古屋のこれから。今求められていること。
いかに社会にある課題と向き合うか。どうやって新しい価値を創造するのか。
100年を超える学び舎である那古野小学校で
歴史を紡ぎながら次の100年を担うひと・もの・ことが育っていく。
なごのキャンパスはそんな未来を目指します。
- 目次 -
小学校跡地を「名古屋市の次の100年」を育てる施設に
はじめに、なごのキャンパスの特徴やスタートアップ支援の取り組みについて教えてください。
「なごのキャンパス」は、名古屋市の次の世代を担うイノベーションを育てる拠点として誕生しました。旧那古野小学校の跡地をリノベーションし、2019年10月にオープンしたこの施設は、名古屋のスタートアップエコシステムを支える重要な役割を果たしています。
2019年10月にオープンしており、「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」と併せて、名古屋市におけるスタートアップエコシステムの先駆けとして生まれました。
運営はトヨタグループのトヨタ不動産が中心となり、私はプロデューサーとして加わっています。私の役割は、スタートアップ創業の経験者という立場から、入居者との面談を通じ課題解決や資金調達のサポートだけでなく、コミュニティ活動や定期的なイベント運営など、多岐にわたる取り組みを展開しています。
起業前後のスタートアップを多角的に支援、シナジー創出に期待
なごのキャンパスが提供しているスタートアップ支援の特徴があれば教えてください。
なごのキャンパスが提供する支援は、起業前のアイデア段階から起業後の成長期まで多岐にわたります。その中でも特徴的なのは、名古屋商工会議所の常駐による幅広いサポート体制です。会社設立の手続き、補助金申請のアドバイス、税務や法務の相談まで、スタートアップが直面する初期課題をトータルに解決します。
起業前のお悩みから起業後の運営に関する課題の解決まで、幅広くサポートを受けられるということです。スタートアップの起業だけでなく、個人での開業や副業として個人事業主登録を行う際の相談まで、幅広く応じています。
さらに、事業会社が法人会員として参加していることから、スタートアップと事業会社が日常的に交流できる環境が整っています。CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)担当者や新規事業メンバーとの出会いがシナジーを生み、新たな事業機会の創出につながる点も大きな魅力です。
多様なバックグラウンドを持つ人々が日々交流し、相互に学び合う場を提供することで、スタートアップエコシステム全体の底上げを図っています。
※コーポレート・ベンチャー・キャピタル(Corporate Venture Capital)の略。事業会社が自己資金でファンドを組成し、主に未上場の新興企業(ベンチャー企業)に出資や支援を行う活動組織のこと。
イベントを通して地域に受け入れられることも重要
現在、なごのキャンパスの入居者数はどのくらいなのでしょうか?
登記の法人数で言うと150社です。プライベートオフィス、シェアオフィス、コワーキングの3種類の入居パターンから選択が可能です。
その中でも特に、プライベートオフィスの入居者については、長期的な成長に期待し、トヨタ不動産、名古屋商工会議所、私が審査を担当しています。
なごのキャンパスはもともと小学校の校舎だった建物を活用していることもあり、地域に受け入れられることも重要だと考えています。審査においては、地域の方々との交流や地域貢献活動などに賛同いただけるかどうかも重視しています。
なごのキャンパスでは、地域との共生を重視したさまざまなイベントを実施しています。その中に、名古屋市主催小学生向けの「起業家たまご塾」というものがあります。
「起業家たまご塾」は、地域の子どもたちが起業家と直接交流し、将来のキャリア選択や新しい価値観を学ぶ貴重な機会を提供しています。年々参加者が増え続けており、地域での影響力を高めています。
また、地域の商店街活性化を目的としたハッカソン(※)や、盆踊り大会の復活プロジェクトなど、スタートアップのテクノロジーやリソースを地域社会の課題解決に活用する取り組みがだけではなく、文化的な地域活動により地域住民からの信頼を築くことにもつながっています。
なごのキャンパスは、単にスタートアップを支援する施設にとどまらず、地域社会の一部としてその文化や伝統を次世代につなぐ役割を果たしています。
※「ハッカソン(Hackathon)」とは、プログラムの改良を意味するハック(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせた造語で、アプリやシステムの開発を担当するエンジニア、プログラマーなどが集まり、集中的に開発を行うイベントのこと。

なごのキャンパスHPより引用。コワーキングスペース「HOME ROOM」
ワークスタイルや気分で自由に席を選べるフリーアドレスゾーン。
13歳でITに出会い、衝撃を受ける
続いて、粟生さんご自身の略歴や仕事内容などを教えてください。どういった背景で、なごのキャンパスでスタートアップ支援に携わるようになったのでしょうか?
私は三重県伊勢市の生まれで、新しいことや他人と違うことへのチャレンジを応援してくれる両親のもとで育ちました。
13歳の時、中学校の授業でプログラミングを学んだことが、ITとの初めての出会いでした。とても衝撃を受け、これがIT分野への関心を深めるきっかけとなりました。その後父に頼み込み、15歳でアメリカのハイスクールに短期留学してコンピューターについて学びました。
就職後の2014年には、シリコンバレーでAI技術と出会い、ここでも13歳でプログラミングに触れたときに感じたものに近い衝撃がありました。今から10年前のアメリカではすでに生活の中にAIが浸透していて、数多くのサービスが生まれており、日本との大きな違いを感じましたね。
帰国後、大阪大学の学生が人工知能研究会を主催していることを知り、これに参加したことがさらにAIについて深く知るきっかけとなりました。私以外にも企業から参加してきている研究者もいて、「大学生が大人に教える」という構図が新鮮だったことを覚えています。
その後、大学の研究者が参加するピッチコンテストの引率・運営者として、再びシリコンバレーを訪れる機会もありました。帰国後京都で開催されたコンテスト参加者だった大学生たちと、その際審査員だった当時DeNAの春田真さんと共に、関西発AIベンチャー「エクサインテリジェンス(現:エクサウィザーズ)」を創業したのが2016年のことです。
それまで私も企業に十数年勤めていましたので、スタートアップの起業にはリスクがあることも理解していましたが、これを逃がしたらチャンスは二度と訪れないかもしれないと思い、起業を決断しました。
エクサウィザーズの取締役COOだった時に、なごのキャンパス運営の主体であるトヨタグループの方からご相談をいただき、入札の企画に協力しました。その後COOを引退し、2021年のエクサウィザーズのイグジット後、LEOを立ち上げたというのが、これまでの経緯です。
東海・愛知エリアで新しい経営スタイルへの転換企業が増加
近年、東海・愛知エリアに革新的なスタートアップが増えてきている印象がありますが、これには何らかの背景があったのでしょうか?
東海・愛知エリアでは、2020年に「CENTRAL JAPAN STARTUP ECOSYSTEM CONSORTIUM」が内閣府から重点強化都市に選ばれたことをきっかけに、スタートアップの起業数が増加し、地域全体が活気づいています。これまで保守的な経営スタイルが主流だった地域において、革新的な事業モデルへの転換が進んでいることは注目すべき変化です。
伝統的に製造業が盛んなこの地域では、これまで融資を中心としたビジネススタイルが一般的でした。しかし現在では、ベンチャーキャピタルによる資金調達を通じて事業をスケールさせ、イグジットを目指すスタートアップが増加中です。県外からの起業家流入も増え、地域全体に新たなビジネススタイルが定着しつつあります。
また、この地域には起業家を支援するエコシステムが形成されており、自治体や大学、地元企業の協力がスタートアップの成長を後押ししています。このような環境が、従来のビジネスモデルを刷新する土壌を整えています。
toBモデルのビジネスが多く、実証実験に適した環境
なごのキャンパスさんの立場から見て、東海・愛知エリアのスタートアップにある特徴や魅力について教えていただけますでしょうか?
東海・愛知エリアは、製造業の集積地として知られており、この特徴がスタートアップの成長にも影響を与えています。地域に多く存在するtoB(企業向け)ビジネスをターゲットとし、顧客ニーズを反映した製品開発やサービス提供を目指すスタートアップも多くあります。
特に研究開発型スタートアップにとって、この地域は実証実験を行うのに最適な環境といえると思います。言い換えると、製造業が求める技術的課題の解決に取り組むことで、技術シーズを市場ニーズに変換しやすい土壌がある、ということです。また、豊富な経済基盤を持つ企業が多いことから、安定的なクライアントネットワークを構築しやすい点も、この地域で起業するメリットと言えるでしょう。
さらに、東海・愛知エリアは、首都圏に次ぐスタートアップ拠点として注目されており、多くの新興企業が東京以外の進出先としてこの地域を選ぶ傾向が強まっています。このような流れが、地域のエコシステムをさらに活性化させています。
また、スタートアップに対する支援者が多いことも、この地域の特徴です。この地域の方は非常にフレンドリーで、県外から来た方からも「人間関係が良く、皆さん優しい」という声をよく聞きますね。
この地域は持ち家比率が高く、子どもの教育にかけるコストも、全国的に見て高水準と言われています。世界的にも有名な大企業や高い技術力を持った企業が多くあるため、安定した経済基盤があることも東海・愛知エリアの特徴です。

名古屋市にあるなごのキャンパス内にて、インタビュアーの藤岡(左側)とインタビュイーの粟生氏(右側)
スムーズな関係構築と子育てのしやすさが魅力
東海・愛知エリアにおける仕事の進め方や働き方について、特徴はありますか?
東海・愛知エリアでのビジネスの進め方は、地域の経済団体とのつながりが鍵を握ります。この地域では、経済団体や商工会との関係性が非常に重視されており、スタートアップが新たに事業を始める際には、これらの団体への最初の挨拶が推奨されます。作法などのお堅いアドバイスということではなく、こうした接点が、後々の円滑な事業展開につながり、その後の関係をスムーズに構築できると思います。
また、子育て環境が充実していることも、この地域の魅力の一つです。待機児童が少なく、保育園などに子どもを預けて働くことができます。
名古屋市には学童だけでなくトワイライトスクール(※)もあります。このトワイライトスクールには、私の家庭も本当に助けられましたね。一部保険料の支払いのみで、利用料はほとんどかかりません。小学校の中にトワイライトスクールがあるので、放課後に子どもが移動する必要がないことは、親としても安心です。
そのほか、塾や習い事なども数多くありますし、子どもの成長に応じてスポーツや文化活動、学習についても豊富な選択肢があります。医療費が18歳まで無料である点や、通勤時間が短い傾向も、家族との時間を大切にしながら働きたい人にとって大きな魅力です。このように、仕事と生活のバランスが取りやすい環境が、東海・愛知エリアの特長といえます。
※放課後等に小学校施設を活用し、子どもたちの自主性・社会性・創造性などを育むことを目的として、名古屋市が事業を委託して実施している。実施校の学区に在住する小学校1年生から6年生の児童が対象
東京のスタートアップとの収入格差は縮まりつつある
反対に、県外のスタートアップが東海・愛知エリアに進出する場合に気をつけた方が良い点、ギャップに感じやすい点などがあれば教えてください。
スタートアップにとって、東海・愛知エリアは収入と生活コストのバランスが取れた理想的な環境です。東京のスタートアップと比較すると、年収が1割から2割低い場合もありますが、家賃や生活費などの支出コストは東京と比べて下がる傾向にあるので、実質的な生活の質はさほど変わらないと感じます。
特にディープテックをはじめとする研究開発型スタートアップでは、近年の資金調達の成功事例が増加しており、東京とスタートアップとの収入格差は徐々に縮まりつつあります。
加えて、地元コミュニティの支援やフレンドリーな雰囲気は、起業家やスタートアップ従業員にとって大きな安心感を得られると思います。コミュニティの規模がコンパクトであるため、何かトラブルがあると影響が広がりやすいという側面もある一方、この地域のコミュニティの中で誠実な関係構築を心がけることで、信頼を築きやすい環境だと言えるでしょう。スタートアップにはトラブルが付き物ですが、発生したトラブルをどのように解決していくか、誠実にしっかり向き合える人であれば問題はないと思います。
自然環境と都市機能が調和した暮らしやすい街
東京から家族で移住して東海・愛知エリアのスタートアップで働くことを検討している方(40代・男性)に向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
東海・愛知エリアは、自然環境と都市機能が調和した暮らしやすい地域です。名古屋市周辺には多くの公園や自然があり、家族でのアウトドア活動が楽しめる環境が整っています。こうした地域特性は、家族での移住を検討している人にとって大きな魅力です。
さらに、地域コミュニティが活発で、新しい移住者も参加しやすい環境があります。名古屋市内は転勤族が多く住むエリアであり、多様なバックグラウンドを持つ人々が共存しています。地域活動への参加を通じて、移住後の新しい環境に迅速に適応できるでしょう。
「なごのキャンパス」のような施設を活用し、地域の支援を受けながらスタートアップの一員として活躍することで、家族の生活の質(QOL)を向上させると同時に、キャリアの新たな可能性を切り拓くことができるはずです。是非一度この地域にいらしてみてください。
貴重なお話、ありがとうございました。

なごのキャンパス
https://nagono-campus.jp/
≪VISION≫
名古屋のこれから。今求められていること。
いかに社会にある課題と向き合うか。どうやって新しい価値を創造するのか。
100年を超える学び舎である那古野小学校で
歴史を紡ぎながら次の100年を担うひと・もの・ことが育っていく。
なごのキャンパスはそんな未来を目指します。