
長距離かつ重量物を運べる“翼付きドローン”で、災害時の物資輸送や離島・山岳の物流を変えようとしているのが金沢工業大学の赤坂氏。民間企業でドローンの研究開発から量産までを担い、自衛隊配備や演習評価にも携わってきました。東日本大震災や能登半島地震をきっかけに、強く胸に刻まれたのは、「現場で本当に役立つ機体をつくる」という使命。目指しているのは、“人命と暮らしを守るインフラ”としてのドローン。その挑戦の裏にある想いを伺いました。

工学部 航空宇宙工学科 
赤坂 剛史氏
1999年東海大学大学院工学研究科航空宇宙学専攻博士課程(工学)修了。同年から川田株式会社で大型無人ヘリ開発やヘリの低騒音研究後、防衛省向けドローンの研究開発から量産機開発に長らく従事。2011年金沢工業大学でVTOL型ドローンや有翼ヘリ、パラシュートの空気力学・飛行力学・飛行制御研究の傍ら、空飛ぶクルマ企業のCTOや、NEDOのドローンの経済安全保障プログラム参画や採択委員など、次世代エアモビリティに関して幅広く経験を積み重ねる。2024年の能登半島地震をきっかけに物流ドローン開発を開始。
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災害支援への使命感が生んだ原動力
ご経歴と現在の研究について教えてください。
これまで、民間企業で無人ヘリや防衛向けドローンの研究・開発から量産まで、一貫して携わってきました。現場での演習では、ただ飛ばすだけではなく、「任務を確実にこなし、安全に帰還させる」ことの難しさと重みを何度も実感しました。
その最中に起きた東日本大震災では、私が関わったドローンが福島上空での活用を検討されたものの、最終的には使われないまま終わりました。現場で必要とされながら利用されなかった、その悔しさが今の研究の原動力でもあります。
大学に移ってからも、災害時や過酷な環境下でも確実に飛行できるドローンの研究を続けています。機体の構造設計から制御技術、安全性の検証まで、“現場で確実に使えること”を最優先にしています。
さらに能登半島地震が起きた際に、孤立した地域の映像を見て、この問題を解決するには自分が「やるしかない」と強く思いました。道路が寸断され、人が行けない場所でこそドローンの真価が問われます。あの使命感が、今も私の背中を押し続けています。
具体的にどのようなドローンを目指しているのですか。
一般的なマルチローターは重い物を持ち上げられる機体が出てきましたが、飛行距離は10〜15kmが現実的です。固定翼タイプは50〜60km飛べても積載は3kg程度の例が多い。重い荷物を長く運ぶ、という点でギャップがあるんです。そこで翼で揚力を得つつプロペラで運用性を確保する翼付きドローンを設計しました。
能登の支援関係者に必要性能を尋ねると、「七尾から珠洲までおよそ70km運べると助かる」と言われました。ただ現状のバッテリーや機体性能では70kmは難しい。まずは50kmを確実に飛ばすことを目標に据えています。

災害時にも、日常にも——空から支える新しい物流
具体的なユースケースをどのように想定していますか。
非常時はまず、孤立した集落への緊急搬送を想定しています。医薬品、衛星電話、バッテリー、簡易食料など、最初の48時間で必要なものを確実に届けることが目標です。通信が途絶した地域では、ドローンを空中中継局として運用し、救助ヘリや地上部隊との連携を助けることもできます。
また、ドローンが映像をリアルタイムで送ることで、被災地の状況把握や救援ルートの決定にも貢献できます。たとえば山間部では、倒木や土砂崩れの箇所を上空から特定し、人が入る前に安全経路を確認できる。災害現場の初動判断を変えるツールになり得ると考えています。
平時には、山小屋や無人観測所への補給、送電線点検のための資材運搬、離島や過疎地域のラストワンマイル物流などで活躍できます。これらの地域では天候や地形の影響で人の手が届かないケースが多く、日常の物流を支える手段としても期待されています。現場からの要望はいつもシンプルで、そして厳しい——「遠くまで、重いものを、安全に」。だからこそ、航続距離と安全性、そして運用コストの低減を同時に追い続けています。
現場感が生きる制御と運用設計
この研究をはじめたきっかけは何だったのでしょうか。
学生時代に始めたパラグライダーが原点です。インストラクターや競技を通じて全国各地を飛びながら、風や気流の癖を身体で覚えました。稜線の形や日射の加減ひとつで風の流れはまったく変わる。こうした繊細な変化を読み取ることが、安全に長く飛ぶためのすべてでした。
この“自然と対話する感覚”は、ドローン開発にも通じています。ラジコンの延長で「とりあえず飛ぶ」機体から、実運用レベルで「確実に任務を果たす」機体に進化させるには、現場の解像度が欠かせません。どんな風ならどの経路を取るのか、乱気流をどう予測し、制御がどう先回りするか。パラグライダーで培った山岳地帯や上空の風の状況を把握する力が、現在のドローンのルート設定や制御プログラムの設計にも役立っています。

チームと開発体制——“経営人材”と共に前へ
チームづくりと開発の進め方を教えてください。
研究室の学生が中核となり、私が設計と評価をリードしています。ただ、大学のリソースだけでは限界があります。機体設計、材料、空力、制御、電装、無線、量産設計など、各分野の専門家と連携して開発を進めています。
北陸は冬季の試験が難しいため、太平洋側での季節分散試験も進めています。また、国交省の型式認証取得を見据え、早い段階から安全基準や品質プロセスを設計に組み込んでいます。時間も費用もかかりますが、量産と実運用を見据えた準備が欠かせません。
大学発の開発では、スピードと継続性の両立が課題です。だからこそ、資金調達や量産、販路開拓までを共に進められる“経営人材”が不可欠です。共感だけでなく、資金を引き寄せ、パートナーを束ね、時に厳しい判断を下せる人。そんな仲間と共に社会実装へ挑んでいきたいと考えています。
“サバイブ”する力で、空のインフラを拓く
開発を続ける中で、どのようなマインドを大切にされていますか。
私はパラグライダーのほか、砂漠や南極を走るレースにも挑戦してきました。どんなに準備しても、現場では想定外ばかり。結局は、その場で修正しながら前に進むしかありません。ドローン開発も同じで、机上で完璧を求めすぎると一歩が遅れる。まず仮説を立てて飛ばし、データで直し、また飛ばす。その繰り返しです。
失敗は恥ではなく資産です。挑戦を止めることの方がリスク。だから私は、一緒に「サバイブ」できる人と働きたいと思っています。想定外を楽しみ、困難を共有しながら前に進める仲間がいると、チーム全体の士気も上がります。
これからの目指すビジョンを教えてください。
山岳や離島は物流が大変です。人口縮小が進んでも、そこに住み続けたい人はいる。移動や物流の課題をドローンで補い、地方に目を向ける人が増えたり、二拠点生活のような選択肢が取りやすくなったりすればいいと考えています。
災害時は、道が断たれて人が行けない場所に緊急物資を運び、通信が切れたらアンテナの代わりになって通信を確保する——そんな速報性の高い使い方をしたい。私自身、防衛向けにも携わってきたので、緊急事態で逃げずに必要な貢献をするという姿勢も持っています。最終的には、「ドローンが来てよかった」と思える人が増えること。それが目標です。
編集後記
能登の地震、そして過去の災害の記憶を胸に、「人を助けるドローンをつくりたい」と語る赤坂先生。その言葉には、研究者という枠を超えた“使命”のような熱がありました。困難な環境でも諦めず、現場で使える技術を追い求める姿は、まさに空のインフラを拓く挑戦者。多くの命をつなぎ、未来の災害支援や地域の暮らしを支える翼が、先生の手から羽ばたいていくことを願っています。

