行政×民間が生むイノベーション!長野市のスタートアップ支援の最前線

長野市経済産業振興部イノベーション推進課 丸山 拓哉氏

NSS運営事務局アスクホールディングス株式会社 目黒 健太郎氏

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スタートアップ支援を担う県や政令指定都市も多い中、長野市は基礎自治体として全国的にも珍しい積極的な取り組みを展開しています。特に注目されるのが「NAGANO STARTUP STUDIO」で、起業家支援の新たな形を生み出しています。

本記事では、長野市経済産業振興部イノベーション推進課の丸山氏と、NAGANO STARTUP STUDIOを運営するアスクホールディングスの目黒氏に、それぞれの視点から長野市のスタートアップ支援の特徴や成果について伺いました。

行政と民間が連携し、意欲ある起業家を発掘、育成する取り組みとはどのようなものなのでしょうか。地域の特性を活かした独自のエコシステムづくりや、具体的な支援プログラムの内容、そして今後の展望について詳しく紹介します。

丸山 拓哉氏

イノベーション推進課
丸山 拓哉氏

長野市出身。大学卒業後新卒で長野市役所に入庁。2022年にシンクタンクへの派遣を経験。その後、2023年からスタートアップ支援の業務を担当。2024年からはNAGANO STARTUP STUDIO(「NSS」)の主担当を担う。

長野市経済産業振興部

長野市経済産業振興部
https://www.city.nagano.nagano.jp/index.html

≪事業概要≫
イノベーション推進課の主な業務内容
スマートシティNAGANOの推進
新産業創造に向けた調査研究
起業・創業支援

目黒 健太郎氏

アスクホールディングス株式会社
目黒 健太郎氏

新卒で都内総合リース会社に入社。新規開業するクリニックのマーケット分析、事業計画の策定、融資交渉を含む創業に必要なサポートに従事。国内外におけるスタートアップ投資を経験した後、専門家プラットフォームを運営するスタートアップへ転職。
個人では外国人向けのオンライン日本語教室や、ネット物販の立ち上げを経て、現在は長野市に移住後、Paint&Sip事業を推進中。NSSにおいては企画運営から、会員向けのサポートまでを幅広く担当。

NSS運営事務局

NSS運営事務局
https://nagasta.jp/

起業をしたいとずっと思っているが、自分一人ではなかなか進まない。
困っている誰かを助けることが、自分の仕事になればいいのに。
自分の意思を注ぎ込んで、新しいビジネスをつくりたい。
でもそれが今までできていなかったのは、
あなたが一人で抱え込んでいたからかもしれない。
背中を押してくれる、前向きなアドバイスをくれる仲間や先輩や、
メンターが近くにいなかったからかもしれない。

長野市には、社会課題と向き合い、人のつながりをつくる強さがある。
みんなで一緒になって、悩みながら、何度でもやり直そう。
競争よりも共創を。
それが、やさしい起業コミュニティ、
NAGANO STARTUP STUDIO。

長野市が挑む基礎自治体レベルのスタートアップ支援とは?

スタクラ:

まず、長野市のスタートアップ支援の特徴について教えてください。

長野市経済産業振興部 イノベーション推進課 丸山 拓哉氏(以下、丸山):

長野市は、未来の経済基盤を強化するため、既存の枠組みにとらわれない長野らしい「産業」を創出することをミッションに掲げています。

長野市のスタートアップ支援は令和2年にスタートしました。長野市は全国と比較すると創業率が低く、また、小売業や飲食業に偏りがちでした。そのため、未来の経済基盤を確かなものにするため、新たな産業の創出が求められていたのです。

そこで、長野市では、①起業家を目指す人を増やす、②起業を志す人を市外から誘致する、③アイデアをビジネスにする(起業につなげる)④起業した人が事業を継続できる支援をするという視点をもって、個別事業を展開してきました。そしてスタートアップ支援に関わる事業全体で見たときに、起業意識の醸成から成長に至るまでの一連の流れが各事業を通じて生まれるようパッケージ化し、このパッケージ化したものを“スタートアップフィールド”として内容を充実させてきました。

具体的には、まず、起業家を目指す人を増やすため、市内に所在する信州大学(工・教育学部)や長野工業高等専門学校と連携し、アントレプレナーシップ教育を実施しています。令和6年度には、さらに裾野を拡大して高校生を対象としたアントレプレナーシップ醸成のためのセミナーも実施。より幅広い層に起業への関心を持ってもらう取り組みも始めました。

次に、起業を志す人を市外から誘致するという点では、「NAGA KNOCK!」というプログラムを実施しています。このプログラムは、首都圏の起業希望者と長野市内の中小企業とをマッチングし、新規事業の立ち上げに約半年間取り組むとともに起業を目指していきます。これにより、起業家の創出だけでなく、市内企業の新規事業創出を通じた活性化も促進しています。

また、アイデアをビジネスにするという点では、「NAGANO STARTUP STUDIO」を実施しています。こちらについては後程目黒さんからお話していただきたいと思います。

そして、起業した人が事業を継続できるよう支援をするという点では、補助制度を充実させています。具体的には、オフィス賃借の費用をはじめ、専門的なスキルを有する人材を活用するための費用や、各種調査費など幅広い内容に対して補助をしています。

以上が長野市のスタートアップ支援の主な全体像です。

ちなみに、後程目黒さんにお話しいただく、NSSは実は令和4年度から今の形になりました。
背景として令和2-3年度に実施したプログラムでは、座学が中心でした。けれども、インプット中心のスタイルでは起業に結びつきにくく、思ったような成果は得られませんでした。そこで、実践的な支援を模索する中で「スタートアップスタジオモデル」に着目しました。このモデルは、起業希望者が知識をインプットしながら、専門家がチームに加わり伴走支援をしながら、一緒に事業を作り上げていくのが特徴です。
このモデルでの支援事業を実施していきたいと考え、令和4年度に公募をしたところ、最も具体的な内容を提案してくれたのがアスクホールディングスさんであったため、業務を委託することとなりました。

Nagano Startup Studioの活動と成果

スタクラ:

NSSの具体的な活動についてお聞かせください。

アスクホールディングス株式会社 目黒 健太郎(以下、目黒):

現在、NSSでは「起業クラブ」「スタートアップクラブ」「オープンイベント」「法人向けプログラム」という4つのプログラムを実施しています。

「起業クラブ」は、 まだ具体的な事業プランがなくても、部活動のように気軽に参加できる場です。一方、「スタートアップクラブ」は事業の方向性が定まっており、かつ、一定以上の市場規模が見込める事業アイディアをお持ちの方対象としております。また、「起業クラブ」とは違い、ピッチを経て、審査員からの評価が得られれば年度を通してのサポートを行います。
大きくは、「起業クラブ」と「スタートアップクラブ」の2つですが、クラブ参加のハードルが高いと感じる方に向けて、 「自分の ”興味・体験” からビジネスを作り出すスタートアップ入門講座」「3daysスタートアップ予備校」など、初心者向けのオープンイベントを外部の専門家と連携して開催しています。これにより、クラブへのスムーズな参加を促しています。
さらに、法人向けプログラムでは、中小企業の新規事業開発やスピンアウト支援を行い、地域の企業がスタートアップ的なアプローチを取れるようサポートしています。

これらのプログラムを通じて、長野市のスタートアップ支援の裾野を広げるとともに、意欲の高い起業家には重点的な支援を提供し、持続可能なスタートアップエコシステムの構築を目指しています。

スタクラ:

具体的な成果や実績について教えてください。特に、受講者はプログラムによって、マインドや行動にどのような変化が見られましたか?

目黒:

丸山さんから前述された通り、座学中心のインプット型プログラムでは行動につながりにくいという課題があったため、NSSでは「こんなことをやってもいいんだ!」と感じられるアクティブな雰囲気づくりを重視しました。プロジェクトの成功には盛り上がりが重要と考え、1年目はスタートアップクラブの参加者をしっかりと巻き込み、盛り上げることに努めました。

一方、「スタートアップ」という言葉のハードルが高いと感じる方もいたため、よりカジュアルに参加できる場として2年目以降に「起業クラブ」を設立しました。この取り組みにより、2023年度は70名、2024年度も50名を超える方々にお申し込みいただきました。

「起業クラブ」では、起業意識がまだ漠然としている人が多いため、段階的に進められるステージ制を導入しています。
まずビジネスアイデアを考え、市場ニーズを検証したうえで、プロトタイプを作成し、実際に販売することで売上を上げるというプロセスを踏みます。
このステージ制の導入により、参加者がスムーズにステップアップできるようになりました。行動に移す人の割合は10人中2〜3人程度ですが、座学中心だった頃と比べると、目に見える変化が出ています。クラウドファンディングを活用する人や、MVP(最小限の製品)を検証する人も現れ、具体的な成果が出てきています。

また、直近の個別のスタートアップ支援として、2023年度以降、継続的にサポートさせて頂いているのが、株式会社SIND(長野市)です。同社は、看護師の記録業務における業務過多を解決するため、既存の生成AI技術と独自のAI技術を統合した、「会話型」看護記録作成AI支援システムを提供している、長野市出身の大学生が代表を務めるスタートアップです。

より広い視点でのエコシステムの構築としては、ピッチコンテストの開催も行っています。最近では、NSSに参加したスタートアップがピッチコンテストを機に資金調達を成功させています。インキュベーションプログラムと投資を組み合わせ、地域のエコシステムを構築する取り組みが進んでおり、私たちの理想「行政×民間の連携が生む新たな起業支援の形」が少しずつ実現していると実感しています。

長野市のスタートアップ支援の全体像

長野市のスタートアップ支援の全体像

長野市ならではのスタートアップの可能性

スタクラ:

長野市のスタートアップやディープテックには、どのような特徴や魅力があるのでしょうか。

目黒:

首都圏では、ディープテック、大学発ベンチャー、SaaSなど、分野ごとに独立したエコシステムが形成されている傾向があるかと思います。一方、長野や地方都市では一つのコミュニティに全く別の領域の多様な人材が集まるのが特徴です。ディープテックの研究者、SaaSの開発者、マッチングビジネスの起業家、さらにはスモールビジネスの経営者まで、異業種の人々が自然に交わる環境があります。
この環境が生む異業種間の交流は、普段なら出会わないような人とのつながりを生み、新たな視点やアイデアを得る機会をもたらします。こうしたユニークなコミュニティが形成されるのは、長野や地方都市ならではの強みだと感じています。

スタクラ:

長野ならではのビジネスの進め方や、地域性を活かした戦略はありますか?

目黒:

長野市さんをはじめ、地方自治体のサポートが手厚い点が大きな魅力です。大学との連携も親身で、起業やディープテックの研究開発を進めるうえで非常に心強い支援体制があります。首都圏でも支援制度はありますが、対象者が多いため、競争が激しかったり、一人ひとりに寄り添ったサポートを受けるのは難しい印象を受けます。その点、地方都市では母数が少なく、より個別に対応してもらえるため、スタートアップにとっては大きなメリットになります。

丸山:

さらに、長野ではスタートアップの数が首都圏ほど多くないため、メディアに取り上げられやすいという利点もあります。首都圏では競争が激しく、注目を集めるのが難しいですが、地方では比較的メディアの関心を引きやすく、露出の機会が増えます。
メディアに取り上げられることで、新たな人とのつながりが生まれ、企業同士の連携が活性化するケースもあります。地方ならではのオープンなスタートアップ環境が、ビジネスの成長を後押ししているのではないでしょうか。

地方特有の課題、人材不足をどう乗り越えるか

スタクラ:

一方で、長野市のスタートアップにおける課題にはどのようなものがありますか。

丸山:

やはり、リソース不足への対応が大きな課題です。人材、物資、情報の量は首都圏と比べるとどうしても劣ります。そのため、積極的に情報を取りに行かないと、最新の流れに取り残されてしまいます。
長野市としても、NSSをはじめとした施策を通じて支援の充実を図っていますが、まだ十分とは言えません。今後も引き続き取り組むべき課題だと感じています。

目黒:

特に「担い手の不足」が深刻な問題です。たとえば、大学の研究成果を活かして大学発ベンチャーを立ち上げようとしても、事業化できる優れた技術やアイデアはあるのに、それを実行する人がいないのが現状です。

スタクラ:

担い手不足は本当に深刻な問題ですね。その要因はどこにあるのでしょうか?

丸山:

県民性など、いくつか要因はあると思います。新幹線の駅があるので、高校から大学に進学する際に都心へ流れてしまうということが大きい要因だと思います。向上心の強い人ほど東京などの刺激がある場所を求めて出て行ってしまう傾向にあります。

目黒:

出て行った人を呼び戻すのは簡単ではないので、地元に残っている人や、地元の大学に進学した学生たちに対し、もっと起業の魅力を発信していくことが必要だと感じます。実際、市内の大学生に話を聞くと、起業に興味を持っている人は少なくありません。そうした人たちを取りこぼさず、具体的な行動につなげられる仕組みを作っていきたいと思います。

NAGANO STARTUP STUDIOの流れ

NAGANO STARTUP STUDIOの流れ

都心部から長野へ—起業と移住のリアル

スタクラ:

県外から長野市に移住し、スタートアップで働く人が「これだけは知っておいたほうがいい」という点があれば教えてください。また、ワークライフバランスの面ではどのような特徴がありますか?

目黒:

まずは「寒さ」です。私自身、長野に引っ越してきたとき、想像以上の寒さに驚きました。冗談のように聞こえるかもしれませんが、実際に寒さにギブアップして出て行ってしまう人も少なくありません。
それ以外は、都心部とそれほど大きな違いはないと思います。長野駅周辺にはコワーキングスペースをはじめ、居酒屋やカフェなども充実しており、生活環境において極端なギャップは感じにくいでしょう。

働き方の面では、仕事を終えた後にキャンプやスノーボードに行くこともでき、ワークライフバランスを重視する文化があります。会社のメンバーとキャンプ場で焚火を囲みながら、事業について語り合うという話もよく聞きます。こうした働き方は、東京ではなかなか実現しづらいですよね。
メリハリをつけて働きたい人には、長野市や地方都市でのスタートアップは適していると思います。一方で、「仕事が趣味のようなもの」と考え、常に働き続けたい人には、都会のほうが向いているでしょう。

丸山:

「車社会」であるということも知っておいた方がいいと思います。長野では、比較的近距離であっても基本的に車で移動することが多いです。東京の方は、徒歩で移動できる距離でも車を使う文化に驚かれることが多いですね。

スタクラ:

家族を連れて移住する場合はいかがでしょうか?

目黒:

生活環境や学校環境は非常に良いと思います。特に軽井沢などは、教育移住を目的とした家族が多く住んでいます。

丸山:

その通りですね。長野市は県内で最も小中学校の数が多く、市内の各地域をしっかりとカバーしているため、安心して教育を受けられる環境が整っています。

スタクラ:

地域に溶け込むために、何か意識したほうがいいことはありますか?

目黒:

長野市には移住者が少なくないため、それほど気にする必要はありません。特に、ウィンタースポーツやお酒が好きな方は、地元の人との交流が深まりやすいと思います。
長野の人は、お酒が好きな方が多い印象があります。日本酒やワインも非常に美味しく、新潟に次いで酒蔵の数が多いですし、県内には多くのワイナリーもあります。お酒が好きな方には、とても魅力的な土地だと思います。

長野市が求める起業家像とは

スタクラ:

長野市のスタートアップで働こうと考えている方々に向けて、背中を押すようなメッセージをお願いします。

丸山:

現在、スタートアップ企業は大都市圏に集中する傾向がありますが、長野という地方都市を舞台にスタートアップを立ち上げる経営者の方々は、「長野だからこそ」活かせる強みや環境を活用し、独自のビジネスを展開しています。そこには、大都市圏のスタートアップにはない魅力があり、大きなやりがいにつながっていると感じます。
長野市としては、そうした「長野への思い」が強い方々にスタートアップをしやすい環境を提供するとともに、補助金などの助成制度を通じて支援を行っています。
「ビジネスの力で社会を変えたい」という熱い想いを持つ皆さんとともに、未来の長野市を創り上げていきたいと考えています。ぜひ、NSS に注目していただき、長野でスタートアップの世界に飛び込んでいただけたら嬉しいです。

目黒:

長野市は基礎自治体という観点で言うと、人口は少なくはないのですが、首都圏と比較すると、決して人口が多い都市ではありません。しかし、こうした環境だからこそ、新たな挑戦をする人は地域全体から強く応援してもらえる存在になれます。
地域の人々やビジネスパートナーからのサポートを受けられることは、スタートアップにとって大きな強みです。そのメリットを知っていただき、うまく活用してもらえたらと思います。
大都市とは異なる視点でビジネスを展開することに魅力を感じる方と、長野市で新たな挑戦を一緒にできたら嬉しいです。

スタクラ:

貴重なお話をありがとうございました。

この記事を書いた人

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スタクラ編集部

「次の100年を照らす、100社を創出する」スタクラの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。

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スマートシティNAGANOの推進
新産業創造に向けた調査研究
起業・創業支援

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起業をしたいとずっと思っているが、自分一人ではなかなか進まない。
困っている誰かを助けることが、自分の仕事になればいいのに。
自分の意思を注ぎ込んで、新しいビジネスをつくりたい。
でもそれが今までできていなかったのは、
あなたが一人で抱え込んでいたからかもしれない。
背中を押してくれる、前向きなアドバイスをくれる仲間や先輩や、
メンターが近くにいなかったからかもしれない。

長野市には、社会課題と向き合い、人のつながりをつくる強さがある。
みんなで一緒になって、悩みながら、何度でもやり直そう。
競争よりも共創を。
それが、やさしい起業コミュニティ、
NAGANO STARTUP STUDIO。