
株式会社産学連携研究所は、産学連携やスタートアップ支援を請け負う民間企業。技術移転、事業計画の策定、チームアップ、起業後の管理業務、資金調達といった幅広い業務を行い、会社設立からミドルステージの成長支援までスタートアップ創出をサポートしています。最大の特長は、支援の一環として初期の社長業を担うサービスです。EIR(客員起業家)の制度が広がる前から同サービスを打ち出し、スタートアップ創出に貢献してきました。
関西のスタートアップ創出やエコシステムづくりに黎明期から関わり、2010年に同社を立ち上げた代表取締役の隅田剣生氏にお話を伺いました。リーマンショックと事業仕分けによる活動休止、京都生まれの企業の創業者の多くが他所に移転しないこと、京都駅周辺で進むイノベーション拠点の開発事業についてなど、興味深いお話を語ってくださいました。

代表取締役
隅田 剣生氏
大学卒業後、プラントエンジニアリング会社でプロジェクト営業に従事。2004年からNEDO、大阪大学、文部科学省、東京大学等で産学官連携コーディネーター等を歴任し、多数の大学発ベンチャー・産学連携プロジェクトの組成、マネジメント業務に従事。2010年から現職。京都大学産学連携フェロー、名古屋大学客員教授等を歴任。(株)AFIテクノロジー取締役、フィジオロガス・テクノロジー取締役等を務める。神戸大学大学院修了。

株式会社産学連携研究所
https://aird.jp/
≪Mission≫
産学連携・スタートアップにより、地域のイノベーションに貢献すること。
2004年に国立大学が法人化され、研究成果の実用化と大学発ベンチャーによるイノベーション創出が促進されました。しかしながら、アカデミアとインダストリーの間には大きなギャップがあり、大学発ベンチャーに必要な経営人材・資金等が不足しているため、産学連携によるイノベーション創出は未だ道半ばにあります。
産学連携研究所は、大学での産学連携・ベンチャー創出活動の経験を活かし、事業会社、ベンチャーキャピタル、アクセラレーター等と連携し、自らが起業家思考でプロジェクトを推進・支援することでイノベーションを創出いたします。我々は民間の産学連携本部として、産・学・官のセクターが多様な関西地域を基盤に地域のイノベーション・エコシステムの構築に貢献いたします。
- 目次 -
会社の原型は、起業を志す人が集まった学内のプロジェクトチーム
産学連携研究所が生まれた背景やビジョンについて教えていただけますでしょうか。
国立大学が法人化された2004年に、大阪大学でNEDOフェロー(編注:NEDOが雇用し、座学研修と受け入れ機関のOJTで産学連携を担う人材を育成するシステム)として働き始めました。30歳でした。当時は阪大発スタートアップとしてアンジェスや総合医科学研究所が上場して活躍していたので、起業するつもりでさまざまなシーズを見ていました。阪大は知財本部ができて本格的な組織作りが始まったところで、私の着任と同時にスタートアップ支援室が設置され、フェローも増え、3年ぐらいで10人以上の規模になりました。
スタートアップ支援の取り組みは、京大より阪大の方が早かったんですね。
そうですね。京大がスタートアップに力を入れ始めたのはここ10年です。
スタートアップ支援の体制強化に力を入れる阪大で、私たちのプロジェクトチームも予算を獲得し活動していました。大学のシーズを活用して起業したいと考えていろいろなシーズを探索する人、つまり今でいうEIR(客員起業家)が集まったチームで、これが現在の産学連携研究所の原型になりました。当時から大学発ディープテックは立ち上げ時にCEOを務める人間がいないのが課題でしたから、各自が興味のある研究シーズを元に会社を立ち上げていました。
私はレーザー顕微鏡やマイクロ波を活用した阪大の研究シーズに興味を持っていましたが、すでに大学の研究プロジェクトの支援やスタートアップ支援チームの運営で、自分がCEOをやる余裕がなかったため適任者を探していました。そこで大手商社系VCに相談したところ、いい人材がUCバークレー校でMBAを取得して帰国すると言って、同僚の方を紹介してくれました。それが、マイクロ波化学株式会社を創業して上場させた吉野巌さんでした。私は大学にマイクロ波化学の研究拠点(大企業との共同研究講座)を作ることに注力しました。
そのような中、2008年頃リーマンショックと事業仕分けで、産学連携やスタートアップ支援に公的資金が使われることへの批判が起こり、活動休止を余儀なくされました。ただ、すでに自分たちが起業した会社が複数あったので、兼業許可を取って学外で活動することにし、2010年に産学連携研究所を設立しました。同時に関西の他大学の産学連携・スタートアップ支援を開始しました。
2014年から国立4大学(東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学)にベンチャーキャピタルに設置されることになり、関西でも大学発スタートアップの動きが始まりました。私は阪大の任期があり、2014年3月に阪大を離れ、4月から活動の場を京都に移しました。主に京都大学の医学領域シーズの発掘・育成と起業に取り組み、私も創業メンバーとして立ち上げたスタートアップのAFIテクノロジーは、京都iCAPの1号投資案件になりました。OUVCにも出資して頂きました。
スタートアップ支援の一環として、起業時の社長業を担う
産学連携研究所が行っているディープテックスタートアップ支援の取り組みや特徴を教えていただけますか?
スタートアップ支援の一環として、当社のスタッフがCEOとして会社を設立することが一番の特徴です。当事者として事業を推進し、出資もしながら創業メンバーとしてコミットするわけです。ディープテックスタートアップを起業する上で、社長を務める人がいないこと、起業ノウハウがないことは大きな課題ですから。私自身も社長として何社かの立ち上げを行いました。もちろん社長業は何社も同時並行できるものではないので、基本的には最適な人材を探して途中で変わっていただきます。その後は取締役として残り、資金集めに注力する場合が多いです。
10年以上前はVCも少なく、大学発スタートアップに資金を出すのはUTEC(東京大学エッジキャピタル)かJAFCOだけでしたが、近年、京都では、オムロン、島津製作所、京セラもCVCをつくってスタートアップに投資を始めています。SCREENは前述のAFIテクノロジーをグループ化しました。多くのVCでEIRの制度もできて、スタートアップ創出の環境が整ってきました。私たちがめざしているのは、産学連携やスタートアップ支援よって大企業、大学、地域に貢献することです。VCも増えてきたので、今後は、VCの投資対象になりにくいスタートアップを事業会社と組んで地域での事業展開やM&Aといったところに力を入れていきたいですね。弊社はKSAC(関西スタートアップアカデミア・コアリション 編注:関西の大学・企業・自治体など80以上の機関が参画するプラットフォーム)の共同機関(事務局)でもあるので、まだ十分な体制が整っていない大学を支援して全体の底上げも図っていきたいです。また、甲信・北関東のIJIEの協力機関・事業化推進機関も担当し、岡山大学、京都府立医科大学、大阪医科薬科大学の知財・産学連携業務を受託し、広域で産学連携・スタートアップ支援事業を行っております。

HPより引用:産学連携研究所の”Business concept”
京都は先端技術を持つものづくり企業が多く、ライフサイエンス分野での研究開発が盛ん
関西あるいは京都大学発ディープテックスタートアップの将来性、世界から見た強みはどんなところにあるとお考えですか?
京都の強みのひとつは、先端技術を持つメーカーがたくさんあることでしょう。そうしたものづくり企業とタッグを組むことで、さまざまなディープテックの社会実装が可能になると思います。また、京都ではライフサイエンス分野での研究開発が盛んです。京都の企業と京大発スタートアップが連携してエコシステムをつくるという話が徐々に具体化してきていて、さまざまなプロジェクトが大学の中につくられています。京大をはじめとする全国の大学や企業と組み、海外に展開して、技術の製品化や販売を進めているスタートアップが複数あります。売り上げはこれからですが、この10年でかなり基盤ができてきたので、今後10年でしっかり売り上げを立て、もっと情報発信に力を入れていきたいと考えています。
同じ関西でも、大阪には特定の部品づくりに特化した中小企業が多いのですが、京都には医療機器や装置のモジュールやシステムまで作れる中小企業がいくつもあります。部品だけではなく機器や装置全体が必要になったときにも対応してもらえるため、ものづくりができない大学やスタートアップとしては非常に助かります。京都の金融機関で、スタートアップに寄り添ってくださる京都信用金庫さんがいらっしゃいます。京信さんにご挨拶するところまでいったら京都銀行さんで両行ともベンチャーファンドを運営されてます。その次はメガバンクという流れが出来ています。金融も含め、京都全体の産業がスタートアップの創出や成長に取り組んでおり、ディープテックに挑戦しやすい環境です。
京都での暮らしや仕事環境は素晴らしく、家族も移住を喜ぶケースが多い
関西、特に京都のディープテック・スタートアップに移住を伴う転職を考えている人に、京都で働く魅力を教えてもらえますか?
京都は山や川など自然が近く、お寺や神社、お祭りがある。歴史好きな人はピッタリだと思います。コンパクトなので自転車で移動できる点も魅力です。また、東京から家族で移住したい人にとっては、京都なら来られることが多いです。同じ関西でも東京の方々は、大阪は敬遠されることが多いです。私も当初は大阪でしたが、今は家族と住んでます。国内のお客さんだけでなく、海外の研究者やスタートアップ、大企業も京都にはよく来られます。
研究開発や起業、産学連携を行うのに、都会である必要はないと思います。シリコンバレーが巨大都市かといったら、そんなに人口の多いところではないですよね。広域で700万人程度です。緑が多く、高層ビルもありません。ここ京都市の人口も約143万人(2025年3月時点)でしょう。関西圏広域では約2,000万人、首都圏広域で約4,500万人です。私は京都の環境に満足しています。
大阪の会社は企業規模が大きくなると東京に移ることが多いですが、京都の大企業は東京に移りません。会社の意思決定をする創業者や経営陣が京都に住み続けており、スタートアップと大企業との連携も取り組みやすいです。京都にはグローバル企業も多いため、スタートアップにとっては京都の良いところだと思います。
あと、皆さんよく京都は排他的だとおっしゃいますが、それは偏見です。あれはごく一部のエリアや業界の話で、一般企業や役所、大学に勤める場合はそんな心配は無用です。私の妻も「京都に行ったらすごい仲間外れされるんでしょ」なんて言っていましたが、全然問題ありませんでした。スタートアップ業界では、むしろ歓迎してもらえ、今も多くの方々にご支援いただいております。京都は特殊なまちで、住んでみないとわからない魅力があります。

産学連携研究所までの通勤風景。毎年美しい桜が見られる
京都の程よいエコシステムの規模は、テーマを絞ってビジネスを考える人に向いている
関西あるいは京都大学発ディープテックスタートアップの課題について、また向き不向きについても教えてください。
資金不足と人材不足でしょう。私も一時期よく東京に出張に行っていましたが、いまも東京のVCを頼ることが多いですよね。世界で戦うにはまだまだ資金調達力が必要です。人材については、京都の北は山ですし、東の滋賀県には人が多くない。南の大阪に頼るしかありません。
スタートアップ設立前後のシード期における、研究サイド(研究者)とビジネスサイド(起業家)の関係性は、大学によって異なります。阪大では、事業開発に積極的に関与し、自らの手で推進したいと考える研究者が多くいらっしゃいます。そのため、外部からビジネスサイドの人材を招く場合、意見の違いが生じることも少なくありません。一方で、京大は学問重視の傾向が強いこともあり、「ビジネスは任せるので、そちらで進めてください」というスタンスを取る研究者が相対的に多いです。“研究者の技術を理解できる技術者”を確保し、技術移転できれば、ビジネスを志向した実用化の研究開発を進められます。任せてもらえる点はスタートアップとしては取り組みやすいです。
ディープテックに向いているのは、サイエンスや技術が好きな人。起業家は逆境に耐えられる強靭な精神が必要です。また、ディープテックの社会実装には時間がかかるので、辛抱強くないと続きませんね。京都・関西のエコシステムやコミュニティがある人、バイオや分析系などテーマを絞って特化したビジネスをしたい人に京都は向いていると思います。例えば、ボストンは大学とバイオスタートアップ・製薬企業の街ですよね。
スタートアップのラボを含めた新たなコミュニティの形成をめざす
最後に、京大発ディープテック・スタートアップで働こうと考える人にメッセージをお願いします。
ディープテックにはラボが必要ですよね。京都市には、京大内にあるINNOVATION HUB KYOTO、クリエイション・コア京都御車、KRP(KYOTO RESEARCH PARK)などがありますが、十分とは言えません。KRPは起業したばかりのスタートアップには家賃が高いですし。そこで京都市やデベロッパーと連携し、スタートアップ向けのラボやオフィスの建設プロジェクトを進めています。
私は京都コモンズというNPOの事務局長も務めてまして、先端技術の情報提供や新規事情のワークショップなどに加え、イノベーションを推進するコミュミティづくりを、大手企業を筆頭に現在25社(2025年4月時点)の企業会員と取り組んでおります。また、2024年に大阪・中之島にオープンした医療産業拠点「Nakanoshima Qross」との連携も進め、関西一丸で推進しております。
京都市は移住政策と併せて企業誘致にも力を入れていて、クリエイティブなビジネス拠点として、現在京都駅の南側で「京都サウスベクトル」という開発事業を進めています。2025年秋にはデジタルアートで有名な「(仮称)チームラボミュージアム京都」、2026年には有名デザイナーの大規模スタジオがオープン、2028年には日本電気硝子の本社機能が移転統合されて約500名規模のオフィスも整備される予定です。数年後には大きなビル・ラボも複数立つ計画があります。このエリアにスタートアップ・大企業・アートが集積されます。京都は住むにも働くにもいいところなので、ぜひお越しください。
関西スタートアップ黎明期の貴重なお話を、大変興味深く聞かせていただきました。ありがとうございました。

株式会社産学連携研究所
https://aird.jp/
≪Mission≫
産学連携・スタートアップにより、地域のイノベーションに貢献すること。
2004年に国立大学が法人化され、研究成果の実用化と大学発ベンチャーによるイノベーション創出が促進されました。しかしながら、アカデミアとインダストリーの間には大きなギャップがあり、大学発ベンチャーに必要な経営人材・資金等が不足しているため、産学連携によるイノベーション創出は未だ道半ばにあります。
産学連携研究所は、大学での産学連携・ベンチャー創出活動の経験を活かし、事業会社、ベンチャーキャピタル、アクセラレーター等と連携し、自らが起業家思考でプロジェクトを推進・支援することでイノベーションを創出いたします。我々は民間の産学連携本部として、産・学・官のセクターが多様な関西地域を基盤に地域のイノベーション・エコシステムの構築に貢献いたします。