人口に対する高等教育機関の数が全国トップ。その強みを活かすべく大学発スタートアップ支援を本格化

石川県商工労働部産業政策課課長補佐 出雲 守氏

これまで石川県は、既存企業の新事業を支援することで県内産業の発展を目指してきました。しかし時代の潮流もあり、2年前からスタートアップ創出・育成支援を本格化。県の強みである高等教育機関の集積に着目し、大学の有望な研究シーズの発掘と事業化に力を入れています。石川県商工労働部産業政策課でスタートアップ支援に携わっている出雲守氏に、具体的な取り組み内容から石川県の県民性まで、幅広くお話を伺いました。「起業を考える人には、能登半島地震と豪雨で問題が山積のこの状況を、チャンスととらえてほしい」という言葉から、取り組みへの熱意が伝わってきました。

出雲 守氏

課長補佐
出雲 守氏

石川県七尾市出身。
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
石川県庁に就職し、主に商工労働行政を担当。
これまで、県内産業の特徴の一つであるニッチトップ企業の創出・育成、県内企業の海外展開支援等に従事。
現在は、県内産業におけるイノベーション創出のため、企業の研究開発支援やスタートアップの創出・育成支援を担当。

石川県商工労働部産業政策課

石川県商工労働部産業政策課
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/syoko/index.html

≪事業概要≫
令和5年9月に策定した「石川県産業振興指針」に基づき、石川県の産業の特徴である、ものづくり企業の高い技術力や高等教育機関の集積などを活かし、DXやGXをはじめとしたテーマに取り組んでいる。
その中で、次世代産業創造グループは、将来の石川県経済を牽引するような産業を創造するため、既存企業の新事業創出のための研究開発支援に加えて、イノベーション創出の原動力であるスタートアップの創出・育成に取り組んでおり、特に、大学発スタートアップ支援に力を入れている。

県の産業支援一筋20年。スタートアップで県内産業全体の活性化をめざす

スタクラ:

石川県商工労働部産業政策課のミッションと、出雲さんが所属されている次世代産業創造グループの仕事内容について教えてください。

石川県商工労働部産業政策課 次世代産業創造グループ 出雲 守氏(以下敬称略):

商工労働部産業政策課は、県内の産業を成長させるための施策を考え、実行する部署です。近年全国的にスタートアップへの注目が高まり、石川県もスタートアップ支援に力を入れることになりました。私が所属する次世代産業創造グループは元々、既存企業の新事業を支援するセクションでしたが、スタートアップの支援は既存企業の新事業展開へも相乗効果が期待できることから、2年前からスタートアップ支援も私たちが担当するようになりました。また、以前からあった石川県産業振興指針が去年改定され、新事業や新産業の創出が柱となりました。特にスタートアップを生み育てることに重点が置かれました。

スタクラ:

スタートアップ支援に関わるまでの、出雲さんの略歴を教えていただけますか?

出雲 守:

私は2003年に入庁し、今年で22年目になります。役所というのは基本的にいろんな部署を3~4年周期でぐるぐる異動することが多いものですが、私はほぼずっとこの商工労働部にいます。県内産業の役に立ちたいという気持ちが元々ありましたし、もう20年ほどこの部署にいるので、県内企業との関わりは深いです。石川県には保守的な人が多く、正直なところ企業の新事業への機運はあまり高くないのですが、そこにスタートアップという活力を注入することで、石川県の産業全体を活性化したいと考えています。

大学の集積を活かし、科学技術分野に特化した支援を実施

スタクラ:

石川県のスタートアップ支援の取り組みについて教えてください。

出雲 守:

石川県は、人口当たりの高等教育機関の数が全国1位です。つまり人口に対して大学と高専の数が非常に多く、実際に県外からも多くの学生が進学してきています。それにも関わらず経産省が毎年発表している大学発スタートアップ数の順位を見ると、石川県は30位ぐらいです。しかも年々順位が下がってきていて、これはまずいと。それで、その特徴を活かして大学や高専へのスタートアップ支援をもっと強化しようという流れが、ここ数年で生まれました。まず2022年度から科学分野の創業コンサルなどを行う株式会社リバネスに、シーズ発掘から事業化に至るまでのサポートを委託しました。県内の大学をまわって研究者と話をし、研究シーズを事業化につなげる流れをつくる部分を担っていただいています。次に成長段階に応じた補助金で支援します。市場調査など初期段階のFS支援が1件100万円、次の成長段階では実証など1件500万円といった形です。その後はVCによる伴走支援、監査法人や弁護士などの専門家の紹介、経営課題に応じた勉強会など成長を加速させるプログラムを並行して行っていきます。

有望な起業家発掘のきっかけとなるコンテストも毎年開催しています。スタートアップビジネスプランコンテストいしかわといって、最優秀者には500万円と自治体としてはかなり大きい金額の賞金を出しています。これは幅広いスタートアップ支援施策として2007年から続けているビジネスコンテストで、この出場をきっかけに民間企業のビジネスコンテストに相乗りするような事例もあります。

シード段階からレイター段階までスタートアップのフェーズに応じた支援を用意する

今年度からTeSHが本格始動し、10月には新たに交流拠点がオープン

スタクラ:

最近新たに始めた支援策や、取り組み始めて分かった課題などがあれば教えてください。

出雲 守:

大きなトピックは、北陸3県の10大学と3高専を共同機関とする大学・高専発スタートアップ創出プラットフォームTech Startup HOKURIKU(TeSH:テッシュ)が、今年度から本格的に始動しました。これで支援体制はだいぶ整ったと思います。そして先日、県内スタートアップ創出交流拠点「Ishikawa Innovation Base」をオープンさせ、10月にキックオフイベントを行いました。一から作るとお金がかかるので、金沢市内の商業ビル内にある既存のコワーキングスペースを利用しました。起業経験者の方をコーディネーターとして置き、起業家や起業に関心を持つ人がふらっと立ち寄って気軽に相談できる、投資家などにも足を運んでもらえるような、そういった場を目指しています。将来的には、ここを窓口に東京の豊富なリソースを呼び込み、スタートアップ創出を加速化したいと考えています。

この交流拠点を用意した理由でもあるのですが、課題に感じているのは起業を検討している人やスタートアップに興味を持っている人を、まだ十分にキャッチできていないことです。北陸全体に言えることですが石川県には引っ込み思案な県民性があります。そのため新規事業に手を挙げやすい場作り、雰囲気作りが重要です。スタートアップのみなさんには切磋琢磨していただき、その相乗効果を期待したいので、盛り上げるためにある程度の数が必要だと思っています。少しでも興味がある人に集まってもらえるよう、今後は大学にも協力してもらってSNSなどで呼びかけたり、面白いイベントを能動的に実施したりしようと考えています。行ったら誰かしら面白い人がいて、何かしら面白い話が聞ける。そんな場所にして、一人でも多くの人に来てもらえる場にしていきたいなと思っています。

スタートアップ、予備軍、支援者などが集まる拠点をR6.10にオープン。繁華街に近く、アフターの「飲みニケーション」にもうってつけ。

バイオ系や理工系に強いほか、炭素繊維の研究も盛ん

スタクラ:

石川県のスタートアップに、得意分野や地域的な特徴はありますか?

出雲 守:

やっぱり大学発スタートアップが面白いですね。パッと思いつくのは石川県立大学発のファーメランタと環境微生物研究所。両社ともバイオ系のスタートアップです。石川県立大学は元々農業短期大学として開設された大学なので、農業やバイオ系に強いんです。ファーメランタの事業は大腸菌から希少な有用物質を作り出すことで、環境微生物研究所は牛のげっぷの仕組みを応用して食物残渣などからメタンを取り出す事業を行っています。また、石川県は昔から繊維産業が盛んな地域とあって、金沢工業大学は軽くて丈夫な炭素繊維複合材料の研究開発をリードしています。金沢大学にも、自動運転技術で有名な先生やペロブスカイト太陽電池という新しい仕組みを研究する先生など、尖った研究をしている人が多くいらっしゃいます。研究の場として安価に利用できるインキュベーション施設もありますし、先生方と組んで研究を進めるといったこともできるのではないでしょうか。

スタクラ:

県外から石川県のスタートアップに就職したり、そのために移住した場合、石川県から何か支援を受けられますか?

出雲 守:

県外からの転居であれば基本的に移住支援金が出ます。条件はありますが、起業すれば移住起業支援金も出ますし、スタートアップの拠点を設けるなら補助金を出せます。そうした資金面での援助だけでなく、必要な施設や専門家の紹介などでもサポートします。県はいろんな県内企業のネットワークを持っていますので、こういった技術が欲しいとか、こういった知識のある人を紹介してほしいなどの要望があればつなぎますし、私たちが直接連絡を取れない場合でも、可能な限り紹介してくれそうな人や機関におつなぎします。

子育て支援が充実していて待機児童ゼロ。働く女性が多い県

スタクラ:

石川県の立場から、石川エリアのスタートアップで働く魅力や移住する面白さについて教えてください。

出雲 守:

魅力はたくさんあります。まず交通インフラです。北陸新幹線が開通し、これまで4時間ほどかかっていた東京・金沢間が約2時間半になったことは大きいです。ゆくゆくは大阪までつながりますしね。また、地方には珍しく北の能登空港と南の小松空港と2つの空港があり、東京との往来に便利な地域だと思います。

お子さんのいる人にとっても良い環境です。石川県は早くから保育所の整備などを進めてきた自治体で、待機児童はゼロ。充実した子育て支援があるため子どもが生まれてもすぐ復職する人が多く、女性就業率全国2位と女性が働きやすい環境が整っています。共働き世帯も非常に多いです。また、文部科学省の学力調査によれば全国トップクラスの学力ですし、各都道府県の幸せ度をランキング化した「幸福度ランキング」では全国第3位。自然も豊かで、暮らしやすいところだと思います。

のんびりした人が多い点も、都市部とは大きく違うところでしょう。会議で何かを決める時でも、結論が出ないまま終わることもよくあります。のんびりした気質の理由としてよく言われるのが、加賀百万石と言われた前田利家公の時代からずっと豊かで、東京や京都から職人を呼んでさまざまな文化を育んできた土地であること。ゆったり構えるマインドが今なお残っているのでしょう。九谷焼や輪島塗といった伝統工芸をはじめ茶道も盛んで、心に余裕があるというのでしょうか。そこは他にない特徴かと思います。

インタビューはTesH金沢駅前拠点にて行った。インタビュイーの出雲氏(右側)と弊社代表の藤岡(左側)

解決すべき課題が豊富にある石川県は、起業家にとって魅力的な場所

出雲 守:

石川県は元々高齢化率が高く、奥能登などは高齢化率50%を超えています。今年の元日に起きた地震によって、その課題に拍車がかかっています。悲しいことではありますが、逆にそれを起業のチャンスと捉えてくれるスタートアップが現れたらいいなと思っています。福島県も原発の問題がありましたが、福島ロボットテストフィールドなどをハブに多彩な誘致に取り組んでいますよね。ですからスタートアップを考えている方々には、地震や豪雨で課題が山積みの今こそ、新しいシステムの導入や普及にうってつけの機会であり、ビジネスチャンスだと伝えたいです。その大変な状況を「自分の技術やサービスで解決したい」という方々に、是非来ていただきたいと思っています。解決されることを待っている課題が豊富にあることも、石川県ならではの魅力だと考えてほしいです。

スタクラ:

県外の人が石川県に来てスタートアップで働くにあたり、覚悟しておいた方が良いことなどあれば教えていただけますか?

出雲 守:

地方はどこでもそうかもしれませんが、基本的に車社会ですね。そして北陸あるあるともいうべきは、冬場の天候です。ほぼ毎日曇り空なので、気が滅入ってしまう方もいらっしゃいます。また、人とのつながりを大事にする土地柄なので、人間関係が濃密です。石川県全域そうですが、特に能登の方には人の面倒を見たがる人が多いです。ありがたい一方で少々お節介に感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。

スタクラ:

県外のスタートアップ参画希望者にメッセージをお願いします。

出雲 守:

これまで石川県は、スタートアップ支援後進県でした。その状況を変えるため、補助金を充実させ、シーズの発掘や事業化への道筋作りを始め、支援拠点も用意しました。今年度からは本格的にTeSHが稼働しましたが、連携を強化して審査に落ちた案件もしっかりフォローしていく予定です。今後はエコシステム作りにも注力していくので、そういった連携する力を育て、そこを強みにしていきたいと思っています。石川県のスタートアップ支援には伸びしろしかありません。今後も職員一丸となって全力でシーズの発掘から事業拡大まで、切れ目ない支援に取り組んでいきます。

スタクラ:

これからが楽しみですね。本日はありがとうございました。

この記事を書いた人

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佐々木 志野

1976年生まれ。成蹊大学文学部卒業。広告制作会社や新聞社等に勤務後、2014年に独立。フリーランスのライターとして、制作会社などから取材・執筆業務を請け負う。専門分野は設けず、役所や学校など公的施設の取り組み紹介、事例紹介や採用インタビュー、農家や食品製造工場の取材など広範な分野に対応。

石川県商工労働部産業政策課

石川県商工労働部産業政策課
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/syoko/index.html

≪事業概要≫
令和5年9月に策定した「石川県産業振興指針」に基づき、石川県の産業の特徴である、ものづくり企業の高い技術力や高等教育機関の集積などを活かし、DXやGXをはじめとしたテーマに取り組んでいる。
その中で、次世代産業創造グループは、将来の石川県経済を牽引するような産業を創造するため、既存企業の新事業創出のための研究開発支援に加えて、イノベーション創出の原動力であるスタートアップの創出・育成に取り組んでおり、特に、大学発スタートアップ支援に力を入れている。