
投資活動を通じてエコシステムを構築し、その結果として新産業の成長、雇用の促進、地域社会の発展に貢献することをめざしている神戸大学のベンチャーキャピタル(KUC)は、設立から3年以上が過ぎました。支援対象の中心は神戸大学の研究シーズですが、国公立や私学を問わず他大学のシーズや研究機関のシーズでも、地域活性などに資するスタートアップには投資を行う方針を示しています。
大阪大学ベンチャーキャピタルから移ってきたという代表取締役社長の水原善史氏に、インタビューを行いました。アメリカ駐在を含むメーカー勤務も経験された立場から、神戸医療産業都市の魅力や今後の方向性、大学発スタートアップならではの難しさ、ディープテックに携わる人材に求められる資質など、さまざまなトピックについてお話を聞くことができました。

代表取締役 兼 投資部 部長
水原善史氏
2003年三洋電機入社。2013年に㈱ザクティ(三洋電機デジタルカメラ事業部のスピンアウト会社)に転籍。製品開発に携わる技術者から経営企画、新規事業開発と幅広い業種に従事。特に新規事業開発では、スタンフォード大学Visiting Scholarという立場でシリコンバレーに滞在。帰国後、2016年より大阪大学ベンチャーキャピタルに参画し、投資部長としてベンチャー投資、ファンドマネジメント業務に従事。
大阪大学大学院工学研究科卒業

株式会社神戸大学キャピタル
https://kuc.vc/
≪MISSION≫
大学の持つ、有形・無形の知的資産をいかして、大学発ベンチャーを創出・育成することは、大きな経済的価値を創造し、雇用や経済成長の促進に大きな貢献をもたらします。また、既存の産業の基盤技術を転換させ、産業の構造転換を促すことが期待できます。
KUCは、神戸大学、神戸大学イノベーションと連携して神戸大学から新たな“未来”を生み出します。
- 目次 -
大阪大学から招聘され、2号ファンドの組成に取り組む
まず、KUC設立の背景やビジョン、特徴について教えていただけますでしょうか。
KUCは新しい産学連携、技術移転モデルを創造するために設立された株式会社神戸大学イノベーション(KUI)の100%子会社で、2021年10月に設立されました。特定研究成果活用事業という国立大学がVCをつくるための制度が整えられる以前にできたため、資本構成や株主構成が特殊なところがありますが、目的は明確です。
東大、京大、阪大、東北大だけでなく、神戸大学もVCを組織して研究者による事業化をしっかりサポートしていく、ということです。神戸大学とKUIと連携して機動的な投資を行い、神戸大学のみならず他大学も含めた大学発スタートアップおよび地域活性化に資するスタートアップを支援し、研究成果を社会実装につなげていきます。
現状ではシード投資やリード投資は多く行っておらず、1号ファンドは22億円でクローズしました。まずは2号ファンドをつくって、神戸の地でディープテックスタートアップへの投資する枠組みをしっかり作ることに注力したいと考えています。
水原様の略歴、KUCでディープテック投資に携わるようになった背景をお聞かせいただけますか?
元々は三洋電機のデジタルカメラ事業部に所属するエンジニアでしたが、三洋電機がパナソニックの子会社となったことで、デジタルカメラ事業がザクティという会社に分社化されました。PEファンドの支援を受けて設立されたそのザクティへ2013年に転籍し、経営企画のリーダーとして経営や新規事業開発に関わってきました。
そしてスタートアップとともに新規事業に取り組むことを想定し、支社を立ち上げるためシリコンバレーに行きました。スタンフォード大学にVisiting Scholar(客員研究員)として滞在し、スタートアップとの仕事を始めました。2016年にヘッドハンティングされて、大阪大学ベンチャーキャピタルに参画することにしました。別の海外駐在する話になっていたのですが、スタートアップとやる仕事の面白さを知っていたので決めました。
東大、京大、阪大、東北大の4大学には投資制限があるので、大阪大学ベンチャーキャピタルは、大阪大学の研究成果に活用しているスタートアップにしか投資ができません。そこでもっぱらインキュベーションに取り組み、先生方の研究成果を認めてチームアップすることに力を注いできました。
私はIPOよりリードでのM&Aでの実績が多く、来年の2号ファンドの組成に向けた動きを本格化するために招聘されました。2024年4月から投資部長として働き始め、12月に投資部長と兼務で代表取締役となりました。

神戸大学正門。階段の先には、新たな知と可能性が広がる
神戸市内にあるスタートアップの半数以上がライフテック系
KUCのお立場から、神戸大学発ディープテックスタートアップの概要と特徴、を教えてください。
神戸大学発スタートアップへの投資は活動の中心の一つで、神戸市と連携してインキュベーションなどを行っています。神戸といえば、神戸医療産業都市。
スタートアップがたくさん集まっていて、研究人材も豊富です。研究開発を進めるには非常に良い環境で、神戸市が把握しているスタートアップ企業の半数以上が、医療機器、創薬、CDMO(医薬品開発・製造受託機関)といったライフサイエンス系です。
大学発のディープテックスタートアップは基本的にライフサイエンス系が強いですが、神戸大学および神戸市の地域は特にその傾向が色濃く出ているイメージです。
ライフサイエンス系に強いのは東大や京大も同じですが、神戸にはプラスアルファで神戸医療産業都市がある。それをレバレッジして神戸、関西圏外からも多くの研究シーズやスタートアップを集める形になるでしょう。
エンジニア出身者として付け加えると、ライフサイエンス系以外、例えば電気、無機化学、量子コンピューティング、核融合発電などの分野だと、世界を変えるような新しい技術は大学から生まれても、改良に関しては開発体制、工数、スピード感などさまざまな点で民間企業の方が大学より優れているのではないかと思います。
一方でライフサイエンス分野には未知の領域もかなりあり、掘れる余地がまだかなりあるのだろうと思います。みんなで手を取り合って未知の領域を探索していくことがポイントだと思います。
また、神戸大学は「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」に採択されていて、微生物を使ってエネルギーをつくったり、材料をつくったり、ライフサイエンス以外にも力を入れています。神戸は大阪や京都に比べてこじんまりしている一方で、拡張可能な神戸医療産業都市があります。これを強みとしてディープテック分野により注力していくと良いのでは、と社内で話しています。
規模の小ささが良い連携をもたらすメリットに。人材の流動性にも期待
神戸でディープテックスタートアップで働く魅力はどんなところにあるでしょうか? 神戸ならではの環境や仕事の進め方などあれば教えてください。
神戸医療産業都市には多彩な研究職があるので、働く人にとっては選択肢が多く、スタートアップ間を移りやすい環境でもあると思います。加えて理化学研究所や大学の研究施設などもあるので、人材の流動性が生まれやすいでしょう。その点は期待しているところです。
神戸市とも連携しやすく、一体感を持って支援業務に取り組めています。これは、神戸のスタートアップの世界が小規模であることの利点ですね。
東京から離れた場所ではありますが、医療産業都市はアクセスの良い立地です。神戸空港からポートアイランドまですぐです。別の視点で言うと、投資先には、ラボは神戸にあるけれど実は東京でリモートワークしているという人が結構いらっしゃいます。
住環境は良いと思います。私は大阪市の南側に住んでいるのですが、神戸は梅田や京都に出やすいのが便利ですよね。大阪の北西地域と神戸の阪神地域は非常に住みやすいと思います。インバウンド需要が少ないことも大きいでしょう。神戸には泊まらず広島へ行く人が多いですから、電車も道路も全然混んでいないんですよ。
都市インフラが整っていて、物価は大阪よりも低いのではないでしょうか。西宮市は誰もが憧れるところですし、明石市の教育無償化も有名ですし、暮らしについての不安は持たなくていいような気がします。淡路島にも近いですし、自然が豊かで遊ぶところはいっぱいあるのではないでしょうか。

神戸の街並み。ここから新たなビジネスの波が生まれる
技術を理解するため自ら学び、研究者に相談する姿勢が大事
神戸大学発スタートアップの課題はどんなところにありますか?営業やBizDevなどのビジネス系人材やCFO候補など、採用における課題も含めて教えてください。
一番の課題は、まだまだスタートアップのことをあまりよく知らない人が多いことだと思います。研究成果をスタートアップに導出してビジネススキームを考える、といったところに精通した人がほぼいないんですよね。だから他のVCを含めてしっかり調整しないといけません。
他の大学でもよくあることだと思いますが、研究者を社長に据えて起業して社員はほぼ雇わないというスキームに私は反対です。研究者である先生方は非常に良い意見を持っていらっしゃるため、VCやステークホルダーとどういうゴールに向かって進んでいくか、調整に骨が折れます。これは大学発スタートアップ特有の難しさではないでしょうか。
ディープテックタートアップで働くには、研究者の技術を理解しようと自ら学ぶ姿勢とコミュニケーションが大事です。文系・理系は関係ありません。研究者任せにせず、調べても分からないことは聞いたり、事業について相談したり、率先して話す必要があります。お互いに理解しようとする姿勢が大事です。
私自身にも経験がありますが、研究者とうまく合わずCEOが変わった例も少なくありません。研究者の話を深く理解しようとせずに、結果的に事業計画がなかなか進まない例も多いです。ビジネス系人材はもちろん、代表であるCEOや財務面を統括するCFOも勉強が重要です。私は今もよく先生方のところに行って、「こういった案件があるのですが」と相談して意見を聞いています。
ディープテック分野には、海外志向が強く、その技術を世に出すことをめざす人が向いているでしょう。ディープテックを他のスタートアップと同じようにひとくくりに考えている人には、向かないと思います。IT系のようにKPI値を見て事業計画を考えるようなやり方は違うというか。
ディープテック領域のスタートアップは、最初からその研究技術に特化した開発を考えること、その意識が必要だと思います。
情報発信が十分にできていない点も課題です。これは京都と大阪にも言えることですが、VCが少ないことが主な原因です。解決すべく神戸市と情報発信施策を行っていますが、資金調達しやすい環境とは言えません。CxO人材を含めて考えるべきところです。
最後に、神戸大学発ディープテックスタートアップで働こうと考えている人へ、メッセージをお願いします。
ディープテックは、ひとつのシーズに自分の人生をかける覚悟が必要です。簡単な決断ではありませんが、神戸大学やKUCを通して適切な案件を探すことも可能ですので、どうか前向きにご検討ください。
2号ファンドの組成を楽しみにしています。本日はありがとうございました。

株式会社神戸大学キャピタル
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≪MISSION≫
大学の持つ、有形・無形の知的資産をいかして、大学発ベンチャーを創出・育成することは、大きな経済的価値を創造し、雇用や経済成長の促進に大きな貢献をもたらします。また、既存の産業の基盤技術を転換させ、産業の構造転換を促すことが期待できます。
KUCは、神戸大学、神戸大学イノベーションと連携して神戸大学から新たな“未来”を生み出します。