「背負うもの」があるから、アトツギは面白い

日本経済新聞社メディアビジネス NIKKEI THE PITCH事務局長 北村 信行氏

家業を受け継ぎながら、新規事業や経営改革に挑む「アトツギベンチャー(以下、「アトツギ」)」。ゼロから会社を立ち上げるスタートアップとは異なり、歴史や伝統、社員、地域など、さまざまなものを背負いながら挑戦するのがアトツギです。日本経済新聞社が運営する「NIKKEI THE PITCH」では、スタートアップとアトツギが同じ舞台で競い合います。今回は、数多くの挑戦者を見てきた北村氏に、アトツギならではの強さ、そして地方から世界へ挑戦する可能性について伺いました。

北村 信行氏

メディアビジネス NIKKEI THE PITCH事務局長
北村 信行氏

1993年日本経済新聞社に入社。広告局で企画広告の制作、スポンサー営業を担当。NIKKEI NETスタートに合わせ電子メディア局へ異動。その後アメリカ駐在を経て、コンテンツデザインユニットでNIKKEI THE PITCHプロジェクトの事務局長。

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スタートアップとアトツギを同じ舞台に

スタクラ:

まず、「NIKKEI THE PITCH」について教えてください。

北村氏:

もともとは2019年に始まった「スタ★アトピッチ」が母体です。スタートアップとアトツギが同じ土俵でピッチする全国規模のコンテストとして5年間やっていました。

NIKKEI THE PITCH
北村氏:

スタートアップとアトツギでは会社ができた背景は違いますが、「日本を良くしたい」という根っこの思いは共通していると思うんです。

アトツギは、背負っているものが大きいんですよ。歴史もありますし、社員もいる。お父さん、おじいさんから受け継いできた伝統や文化もある。簡単に会社を潰せないわけです。

若い社長になった途端、先代の頃からいる役員や古参社員から「お前に何ができるんだ」と言われることもある。そういう人たちを見ていると、応援したくなっちゃうんですよね。

2025年からはアトツギ甲子園(※)とも連携しています。

※アトツギ甲子園:中小企業の後継者が、家業を受け継ぐだけでなく、新規事業や業態転換などの挑戦を発表する全国規模のピッチイベント。

受賞を決めるのは「うまさ」ではない

スタクラ:

NIKKEI THE PITCHで、受賞する会社とそうでない会社にはどんな違いがありますか?

北村氏:

最後は4分間のピッチが勝負なんですけど、やっぱりパッションですね。ただ、プレゼンが上手いという意味ではなくて、にじみ出る熱意や思いです。

それからストーリー。ビジョンはとても重要ですが、なぜそのビジョンを実現しようとしているのか、なぜそのビジョンに挑戦するのか、自分ごと化して腹落ちしていないと、自分のストーリーとして語れないと思うんです。

4分間でも、その人が本気でやっているかは伝わります。審査員にも、「この人、ガチだよね」というのは分かるんですよ。

ビジネスモデルだけなら、似たようなものはいくらでもあります。だから「なぜ、この人がやるのか」が大事なんです。結局、その人の魅力が大きいと思います。

スタクラ:

東京と地方の挑戦者の違いはありますか?

北村氏:

東京のピッチもレベルが高いですが、地方の人って、個性が強く出るんですよね。

地方のアトツギは社歴が長かったり、地域に根差していて、関係者も多く、背負っているものが大きい分、熱意が際立っていて、それがプレゼンでもにじみ出てきて伝わってきます。

コンテストが生む「化学反応」

スタクラ:

NIKKEI THE PITCHに参加することで、実際にどんな変化が生まれていますか?

北村氏:

決勝には20社くらい残るんですが、同じ年に出た人同士で「協業しましょう」となったり、工場見学につながったり。そういう化学反応が生まれています。

アトツギ甲子園で実績をつくってNIKKEI THE PITCHに出て、アトツギ部門賞を取った会社があります。スタートアップの社長と同じ土俵でピッチしたことで、「自分はアトツギだけど、目指していることは一緒なんだ」と気づいたそうです。

あとは、日経だけでなく様々なメディアにも取り上げられて知名度が上がることも大きいです。

「名前が売れることで採用がやりやすくなった」と言ってくれたメーカーのアトツギさんもいました。

だから、僕らとしても、面白い人がいたら全国に知ってもらいたいんです。

スタクラ:

知名度が採用や事業にもつながっていく、と。

北村氏:

そうですね。記事に出た人がSNSで「NIKKEI THE PITCHに出たほうがいい」と言ってくれれば、エントリーも増える。そういう循環が生まれるのは嬉しいです。

北村信行氏

地方だからこそ、世界を目指せる

スタクラ:

北村さんは、地方のアトツギが海外に出ていく可能性についても話されていますよね。

北村氏:

僕は、地方のアトツギやスタートアップのほうが、むしろ海外進出可能性が高い、という仮説を持っています。

地方は東京に比べると人口が少ないし、マーケットも小さい。でも、だからこそ海外を見る必要が出てくる。

2026年7月にはソウルへ海外視察に行きました。韓国は人口5,000万人くらいで国内市場が小さいので、最初から海外進出を見据えて会社をつくっているんですよ。日本から来たと分かると、「日本市場に入れるかもしれない」と、ものすごく貪欲に商談してくる。実際、たくさん商談が生まれました。

スタクラ:

日本、特に東京は国内市場だけでも一定規模があるから、海外を意識するきっかけが少ないということですね。

北村氏:

そうなんです。一方で地方には東京では見たことないような「そんな商売あるんだ」という会社がたくさんある。そういう独自の商品やサービスなら、アジアや海外でも売れるかもしれないというポテンシャルを感じています。

実際、NIKKEI THE PITCHでアトツギ部門賞を取った会社は、海外視察を経験して、ベトナムなど海外への展開を考えるようになりました。

「最後に親孝行ができた」

スタクラ:

これまで出会ったアトツギで、印象に残っているエピソードはありますか?

北村氏:

あるアトツギの方が、決勝大会に80代のお父さんとお母さんを呼んだんです。「自分が決勝に出るから、見に来てよ」と。

そこで、ご両親の前でピッチをして、賞を取って表彰されたんです。

スタクラ:

それは、ご両親にとっても特別な時間ですね。

北村氏:

そうですね。そして、その4、5日後にお父さんが亡くなったんです。

その方が「最後に親孝行ができてよかった」と言っていて。やっぱり、よかったなと思いました。

アトツギって、事業だけじゃなくて、家族や歴史も背負っているんですよね。歴史もあるし、社員もいるし、家族もいる。

だからこそ、自分の代で何かを変えようという思いも強いんだと思います。

成長するアトツギは「言行一致」

スタクラ:

では、そうした環境の中で、成長していくアトツギにはどんな共通点がありますか?

北村氏:

一言で言うと、リーダーがいかにブレずに、動くか。

そこに尽きると思います。

「背中を見せる」という昔ながらの言葉がありますけど、やっぱり社員は社長を見ています。

結局、スタートアップでもアトツギでも、リーダーがどういう絵を描いているか。その絵に賛同するから人が集まるんだと思います。

一方で、しがらみもあります。

先代を支えてきた人たちがいる中で、新しいことをやらなきゃいけない。「古い船に新しい船頭が乗る」みたいな状態ですから。

スタクラ:

そのような課題を解決するために必要なことはどのようなことでしょうか?

北村氏:

多くのアトツギ、リーダーを見てきて、3つの共通点があると思っています。

一つ目は、圧倒的にアイデア、妄想を出すこと。

二つ目は、圧倒的に行動すること。

三つ目は、小さなことでも判断、決断を早くすること。

世の中は、寝ている間にも状況は変わっています。

実際に私がやり取りをしている人は、圧倒的にメールのレスが早いです。

失敗してもいいから動く。返事を寝かせている間に状況が変わるので、判断も早いほうがいいです。

北村信行氏と藤岡

共創には、まだ「組み方」の壁がある

スタクラ:

アトツギベンチャーが大企業・中小企業・スタートアップと共創(オープンイノベーション)をすることも増えてきました。アトツギベンチャーにとってのメリットはなんでしょうか?

北村氏:

大企業側からすると、社内だけではアイデアが出にくくなっているところがあります。だったら、スタートアップやアトツギが持っている面白い技術やアイデアと組むことによって現状を打開したいというニーズがあります。

そういう考えで、2025年から「リバースピッチ」を正式なメニューに入れました。大企業側がスタートアップやアトツギに向けて、自社の課題やニーズをピッチする、いわば逆ピッチです。

アトツギ側からすれば、大企業が持っているアセットを活用し、大きなマーケットに入るきっかけになります。お互いに、自分たちだけではできないことを補えるわけですよね。

スタクラ:

一方で、実際に共創しようとすると、うまくいかないケースもありますよね。

北村氏:

そもそも「組み方を知らない」というのはあると思います。

アトツギとスタートアップでは、考え方や仕事の進め方も違いますし、大企業との間でもそうです。さらに「ヒト」と「モノ」の問題がある。

ヒトで言うと、アトツギは昔ながらの会社も多く、これまでのやり方からアップデートされていないケースも多いです。モノでいうと、システムが古いとか。いまだに紙で申請しているところもあります。

だからこそ、大企業とスタートアップ、アトツギがもっとつながり、アップデートしていく必要がある。日本全体として産業が弱くなっている中で、それぞれが手を組んでいかないといけない。そのための場として、リバースピッチもやっているんです。

地方で、0から1をつくる

スタクラ:

アトツギベンチャーで働こうと考える人や、地方での挑戦を考えている人へ、メッセージをお願いします。

北村氏:

地方には、人口減少やシャッター通りなど課題はいっぱいあります。でも、逆に言えば「白紙のフィールド」なんですよ。東京で経験したことを持っていくだけでも、大きなインパクトを出せることがある。

僕の知り合いにも、東京での仕事を辞めて秋田に移住して、義理のお父さんの養蜂場を手伝っている人がいます。暮らしているうちに地域の課題が自分ごとになって、「この町、大丈夫なのかな」と町長に手紙まで書き、それが受け入れられて、どんどん話が進んだということがありました。

つまり、地方では課題が多い一方で未着手のことが多い。

行動すれば、新しい事業が生まれるチャンスが大きい。何もないからこそ、0から1をつくれると思います。

起業や新しいチャレンジをしたいんだったら、地方でやってもいいんじゃないかと思います。

挑戦するキャリアを模索している人は、東京だけではなく、地方のアトツギベンチャー、スタートアップも見ることをお勧めします!

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スタクラ編集部

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「次の100年を照らす、100社を創出する」スタクラの編集部です。スタートアップにまつわる情報をお届けします。